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異形の戦士  作者: 樹 雅
第2章 ~白銀の風~
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23話 美緒の考査2

畑山オートコースでの事件から二週間がたったが、マスコミの報道も警察の公式発表も、ほぼ二ヶ月前の時とあまり変化はなかった。

目撃者は大勢いたが、写真やビデオを撮っている者が皆無だった事、写っていたとしても、豆粒ほどの大きさだった事、はっきりとした姿が不明だった事がその理由である。


 警察も『何かがいた』としか公表せず、詳細は一切不明として、マスコミの追求にも『捜査中』としか答えなかった。

 そして、その当事者達は〈それ〉の分析と解明に全力をあげていた。だが、二週間ほどでは何も判るわけもなく、ただ謎が増えていくだけである。


 担当の警察官の長谷川一彦が、上手く手を回してくれたらしく事件からすぐに、紫村美緒の研究所に黒い異形だった人物の遺体が、検死の為に送られてきた。

早々に美緒達は徹底的に遺体のデータを集めたが、それはそれで美緒達の頭を抱えさせる事となる。

 長谷川達警察も、その人物の身元確認のために奔走し、男の身元が判明したのは、事件から七日が経っていた。


 佐藤裕也、二十五歳。市内にある中小企業の会社員。

それが黒い異形だった人物の身元である。

 勤務態度は真面目で、少々人付き合いが悪い以外は、これといって不審な点は何も出てこなかった。

五ヶ月ほど前、会社帰りから行方知れずとなっていて、家族から捜索願いが出されている。

両親と弟が二人の五人家族。本人の性格は温厚で、酒もギャンブルも手をつけないほど真面目を絵に描いた男性だった。


 行方不明となった五ヶ月前に、何があったのかは判らないが、異形の出現次期と一緒だったため、関連性も調べなければならなくなった警察は、すぐに途方に暮れる事となる。


 男性の足取りが、はっきりとつかめているのは、退社後に立ち寄ったコンビニまでで、そこから自宅までは一キロも離れてはいなかった。

車の往来や人通りのある場所で、消えてしまったとしか考えられないほど、目撃者がいなかったのである。

 そんな男性が、どうして異形となりえたのかも不明だった。


結局、何も判らないままその男性は、畑山オートコース事件の被害者として報道される事となる。

 男性の葬儀のあと、長谷川は美緒の研究所に顔を出していた。

対面のソファーに座る美緒を見て溜め息を付いてしまう。


「いたたまれないな。事件を迷宮入りにするしかないと、判っているだけに……」

「しかたがないわ」


と肩を竦める美緒だった。


「遺族の人に『あなたの息子さんは黒い異形となって、大勢の人を殺傷し、紅の異形に倒されました』……言えないわよねぇ……」

「それは、そうなんですけど……」


 気が滅いってくるのを、自覚する長谷川である。

事の全貌が判明でもすれば、もう少しは気が楽になるのだが、現時点では何も判ってはいない、と言えるほど不明な事が多すぎた。

事件なら、容疑者や被害者の関係や接点を捜し、不在証明や目撃者などの一つ一つの裏付けを取り、証拠を固めて犯人を逮捕するのだが、今回の事はそれが出来ない。

容疑者にいたっては、すでに死亡していたし、物証となる物が何一つとして、残っていなかった。


 判っているのは、異形の者が現れて大勢を殺傷し、死亡すると人に戻る。それだけだった。なぜ、人に戻るのか、証明おろか説明さえも出来ない。

同じように、異形に変貌する若者も、どうして異形の者に変貌するのか、本人でさえ理解できてはいなかった。

 その異形となった若者の物理データと、異形に変貌した時の物理データを、美緒の研究所で取ってはいたが、それもデータ取りの域を出てはいない。

 裏付けを取りようにも、やりようがないのが現状だった。


「そっちは、どうなんですか?」


 長谷川の問いかけに美緒は、溜め息を付いて首を振る。


「かんばしくない、そう言った方がいいわね。ああ、彼の検死をこっちに回してくれて、助かったわ。おかげで、問題が多くなったから」

「はぁ?」


 責めるような瞳で、美緒が長谷川を見ていた。どうして責められるのか判らない長谷川は首を傾げてしまう。


「どういう事でしょう」

「いえね。彼にしても桂木君にしても、物理学や生物学を無視しているのよ」

「無視している?」


 言葉の意味が理解できずに、長谷川はおうむ返しに聞いていた。


「どうしてこんなの事が可能なのか、まったく分らないから頭が痛いのよ」

「あのー、言っている事が……良く分りません」


 両手を上げて、降参する長谷川に、美緒は苦笑が浮かぶ。


「簡単に言うと……」


 そこで美緒は、再び溜め息をついていた。


「……桂木君の身長は一八三センチ。体重は七五キロなのよ」


 それが何の関係あるのか長谷川には判らない。ただ、自分と遜色のない均整の取れた体格をしている事は知っていた。

 首を傾げたままの長谷川に美緒は再び苦笑を浮かべる。


「で、紅の異形の姿の時の桂木君は身長一九〇センチ、体重八三キロになるのよ」


 分ると言いたそうな美緒の瞳に、長谷川は少し考えてから言う。


「人の姿の時よりも大きく重くなっている……そう言う事ですか」


 冷たい瞳で美緒に見られた。


「……違うんですか?」

「まあ、七センチほど高くなっているし、八キロほど重くはなっている。その通りなのだけど、問題はそこじゃないわ。その増えている分は、いったいどこらか現れてくるの? そして、どこに消えていくの?」

「はい?」


 ますます首を傾げてしまう長谷川だった。


「正確には八キロほどの重さの物が、現れたり消えたりしているわけなの。そんな事は現代科学ではありえないのに。それが現実に目の前にある事が問題なのよ」

「それが問題ですか?」


 不思議そうに長谷川は聞いていた。


「物理学や他の科学技術が根底から覆されるほどの大発見になるわ。解明できればね」

「解明できるんですか?」


 疑わしそうな長谷川に、美緒は笑う。


「今は無理でしょうね。研究の方法もないし、やり方も分らないから。研究しようと思ったら百年ぐらいは楽にかかるわね」


 長谷川はふっと笑って見せる。


「私には、異形の脅威に対して対抗できるのが、異形に変貌する彼だけ言う方が問題と思いますが。人として対抗する術を持たない方が大問題です」


 長谷川の言葉で美緒の動きが止まり、そして、気が付いたように頭を下げていた。


「ごめんなさい。これは科学者としての言い分だったわ……横道にそれたけど、異形となった彼も写真から――対物比は紅の異形と戦う写真があった――データを取っていたけど、彼もまた桂木君と一緒で、同じように差が出てくる。異形となった者は、人の時よりも高く重くなる事だけは分ったわ」

「それ……だけですか?」

「結局、現時点ではそれくらいしか判明していないわ。何が何だかサッパリわからないから頭が痛いわ。ただ……」

「ただ?」

「一つだけ収穫と呼べるものがあったのだけど……遺体の脳の中枢部に親指大の鉱石が見つかった。人にはない物だから不思議なんだけどね」

「鉱石? どう言う事なんでしょう」


 首を振った美緒だった。


「分らないわ。外から入れたというわけではないの。脳幹にくっついて……いえ、融合していたと言っていいくらい、元からそこにあったとしか言いようのない物だった」

「それが異形となる事に関係がある。そう思っているわけですか」

「そうとしか考えられないんだけどね。どう関わってくるのかは、今のところ不明だわ。分析に回しているけど……」


 腕を組んでしまう美緒だった。


「……果たして分析できるか、疑問だわ……」

「それはちょっと横に置いといて。実際のところ、異形に対して対戦車ライフルは足止めに有効なのは分ったわけですが、それだけではあまり意味がない。威力を上げる事は出来ないものでしょうか?」


 長谷川の実質的な問いかけに、美緒は腕を組んだまま首を振っていた。


「無理……ですか」


 美緒は溜め息とともに腕を解いて言う。


「長谷川さん。威力を上げる事は、極端な話いくらでもできるわ。ただそのためには、銃身を太く長くする必要がある。そうすると、発射の衝撃も大きくなるわ。人が、いくら体力自慢の人でもそれに耐える事は出来ないし、取り回しも出来なくなる。早い話が戦車の大砲を持って行くようなものよ」


 そこで美緒は長谷川を見た。


「そんな物が異形相手に役に立つ?」

「…………」


 返す言葉がない長谷川だった。


「だから、今は弾丸の方を改良している所よ」

「?」

「対戦車ライフルを大型化するわけにはいかないから、弾丸を、弾頭の方に改良を加えて異形の体面で弾かれなくする事を考えているの。試作品が出来るのは二日後になるわ。その時は協力してね」

「もちろんです」


 力強く頷いた長谷川だった。









 母屋へ向かう途中でライとアキトの二人は、スーツを身に纏った若い女性に気がついた。薄化粧をした顔は凛とした美しさを滲ませている。

 その女性が誰か気付いたライの顔が、呆気に取られたようになった。

ライの顔に思うところがあったのか、その女性は首を傾げて問いかける。


「変か?」

「よくお似合いですよ……」


 ライの間が気になり、なんだと言うように見上げる。


「いえ、よく持っていましたね」

「姉さんのだ。わたしは一着も持っていない」


 アキトの顔がぽかんとなって動かない。途中でその女性が誰か判って、眼を疑ったままだった。


「何かあったら、連絡はする」

「わかりました。いってらっしゃい」


 返事をするかわりに、美沙は片手を上げている。


「あれ……本当に当主か……?」


 まだ信じられないアキトにライが笑った。


「知らなかったんですか、女性は化けるんですよ。美しく妖艶に」

「初めて見た……スカートなんて……」

「彼に見せるためでしょう……ね。しかし……」

「しかし?」

「当主にあんな格好をさせるとは、彼はやはり強いんでしょうね……」


 なぜか楽しく思うライである。


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