20話 手にしたもの
2章のプロローグその1のようなもの
早朝の道場で男が一人、黙々と鍛錬に励んでいる。
流れるような動きは美しくもあった。それだけでも男が、達人と呼ばれる域に達している事がわかる。
一通りの型が終わり男は大きく息を吐く、そして静かな韻を含んだ呟きが道場に流れた。
一歩踏み出して右腕を突き出す。
「ハッ!」
五メートル先に吊り下げられた丸太が大きく揺れた。
遠当てと呼ばれる技だ。
実戦に使えるまでの威力を持たせられるのは、この道場でも男の他は数人ぐらいしかいない。
「ぐっ……」
奥歯を噛み締めていた。
(――これでも俺は、あの若僧よりも劣るというのか。あんなシロートのような奴に……)
異形を倒した男。
当主に連れて来られた時は、ただのシロートだった。しばらく相手をしたが、とても戦士になれるとは思えないような男だったのを 覚えている。
聞けば、自分一人の力だけではなく、協力者がいなければ倒せなかったと言う。
だから、シロートだと言うのだ。自分なら己の力だけで異形を倒せてみせる。それだけの力はあると思っていた。
偶然にせよ異形の力を与えられた奴が、何の誇りも無いような奴が、力を得て男に出来ない事を成す。それが男の焦燥感を募らせていた。
厳しい鍛錬を繰り返して得た力が通用しない相手を、何の努力もせずに手にした力で倒す。それは妬ましく理不尽にしか思えず、我慢ならない事だった。
《力がほしいか》
突然、そんな声が響いた。
男は反射的に辺りを見渡すが、広い道場には自分一人しかいない。警戒するように腰を落して周囲の気配を探った。
(――何も……無い?)
それでも警戒を解かずに、摺り足で立ち位置を変えて行く。
《力がほしいか》
再び声が響いた。
何の気配もないまま、声だけが聞こえて来くる。
「何者だ! 姿を見せろ!」
男は語気を強めると、ゆっくりと回り始めた。
《いらぬか》
「まっ、待て!」
男は焦ったように呼び止めてしまう。
「力は欲しい。が、姿も見せないような相手に……」
《あれは手にしたぞ》
遮るように、その声が重なる。
ギョッとしたように男の動きが止まった。
(あれとは奴の事か、奴と同じ力をくれると言うのか?)
男の躊躇いは短い間だった。
(ならば、躊躇う必要があるものか。あんな若僧にまかせずに、自分がその力を使えばいい。あんな若造は必要無い)
「力をくれ!」
叫ぶ気は無かったが、男は叫んでいる。
《よかろう》
瞬間、額に衝撃を受けて意思が途絶えた。
男が手にしたのは、異形の力。
それは……。
破滅を意味するもの。




