18話 事後の事
その場を長谷川に任せて、七人は一旦駐車場に移動した。
現場検証に、一般人は邪魔になる。事情聴集が残っているが、一通りの検証が済むまでは時間が掛かるのはわかっていた。
「さてと……」
美緒は乗って来た車の傍に、腰を落ち着けてから口を開く。
「これから、どうするかを決めておきましょう」
「どうするって、姉さん?」
良く判っていない美沙をはじめ、全員の首が一斉に傾いた。少し頭痛を感じてしまった美緒だった。
「この前の時は違って、今回は目撃者が大勢いるわ。しかも生きている人が多い。黒い異形を眼にしたのは、一人や二人ではないはず。まず、マスコミに漏れる。警察としても、隠し通せるものではないわ。何らかの発表をしなければならなくなる」
「それは判るが、具体的には?」
代表するように悠馬が聞く。先ほどの事はおくびにも出さなかった。
「マスコミ対策と思って。桂木君や私達の事を、マスコミの前に出す訳にはいかないから」
「どうしてです? 翔は黒い奴を倒したんだ」
今一、判っていないような四郎は不思議そうである。悠馬は何かを考えるように、顎に手を持っていていた。
「桂木君は黒い異形を倒した。そこまではいいの。でもね、黒い異形は倒された後で、人の姿に戻った。それと、桂木君は紅の異形の姿になれる。たぶん、今は自分の意思で自由に、紅の異形の姿になれるはず」
確認するような美緒の言い方に翔は頷いている。
確かに、今なら自由に紅の姿になれる事は判っていた。
「その二つが問題なのよ。それをマスコミに嗅ぎつけられるわけにはいかない。たぶん、警察も黒い異形が人の姿に戻った事は公表しないでしょう」
「なるほどね」
と頷いたのは悠馬である。
「確かに、それは公表できないだろうな」
「どうしてです?」
理解していない四郎が、首を傾げていた。ライとアキトの二人は、口を挟むべきではないと黙っている。
「四郎。黒い異形は人だった。人がどうして異形になるのか判らないから、対応のしようが無い。へたすると、パニックが起こる」
「異形の者は確かにいるのにか?」
不思議そうに首を傾げる美沙だった。
「一部の者は知っているが、俺もこの瞳で見なければ信じなかったさ。黒い異形が人に戻らなければ、気にする必要は無いんだ。だが、人に戻った。誰が同じ異形になるのか判らないから、人は怖れる」
「えっと、それは中世の魔女狩りみたいな事が起こる。そう言う事ですか?」
「警察が、そのまま発表すればね」
「そんな、バカな」
「四郎。翔の事がマスコミに漏れたら、どうなると思う?」
「えっ?」
悠馬は顔を顰めたまま言う。
「興味本位で面白おかしく暴き立てられる。翔にいたっては、人殺しだの、バケモノだの、言われるのがオチだ。へたをすれば、人体実験のために拘束される」
「どうして、そうなるんですか! 翔は戦っただけでしょう!」
「簡単な事だ。異形の姿になり、人の姿に戻るからだ。人には、そんな力はない。その変化の力を解明できれば凄い事になる。そのためには、翔で人体実験をすればいい。そう考える奴は大勢出てくると思うぞ」
「それで、解明できるんですか?」
疑わしそうな四郎に、悠馬は短く苦笑とともに答えた。
「無理さ」
そして、続ける。
「あんなものは人に解明できる事じゃない。幽霊と一緒だ。見える奴には見えるが、見えない奴には見えない。幽霊の存在を科学的に証明は出来ないさ。ただ、翔の場合は、いやな言い方だが利用価値があるから、誰もが眼の色を変える」
「いや、でも……」
納得できない四郎だった。
「いいんだ、四郎。どうなるかは、俺は知っている」
翔は、四年前にその事を経験している。
「そうだな」
同意するように悠馬は頷いていた。
「初めはヒーロー扱い。そして、バケモノ扱いだ」
「悠馬さん。俺はヒーローなんかじゃないです。あんなものは、テレビの中だけですよ」
翔が苦笑を浮かべる。
「俺が天涯孤独ならまだいい。俺だけの事だから。だけど、桂木翔には家族がいる。家族まで巻き込むわけにはいかない」
途端に、美沙が翔の胸倉をつかんでいた。
「ふざけているのか?」
「何がだ?」
「さっきも同じ事を言った。桂木翔と。おまえは自分の事を、そう言う風には言わない。まるで、他人事のように言っている。どうしてだ?」
「そのままの意味だ。桂木翔は、半年前に紅と黒の異形の戦いに巻き込まれて死んだ」
呆気に取られた顔が翔を見ている。
「ここにいる俺は、紅の異形の力で生き返った。いや、この言い方はおかしいか。紅の異形の力を与えられて蘇生した」
「おっ、おまえ! どうして黙っていた!」
あまりの事に美沙は叫んでいた。
肩を竦めて苦笑を浮かべる翔の顔を、殴りつけたくなるのを意志の力で抑え込む。まだ続があるように思えた。
「その場面を見せられた。ほんの一週間前だ。俺自身にも覚えが無かった事だ。異形の力を与えられて蘇生した俺だから、異形と戦うのが運命なのか?」
道理で『運命』などと言う大層な言葉が、出て来たのかと悠馬は思う。
「異形の力を与えられた俺は人ではないのか?」
四郎には意味が解らなかった。
「だったら、俺は何だ?」
そして、翔は美沙を見る。
「これでも俺は人か?」
「ふざけるな! おまえは人だ!」
さっきから、怒鳴ってばかりいる気がする美沙だった。
(こいつは、わたしが信じられないのか。あれほど言った言葉が届いていないのか。届かなければ届くまで言ってやる)
美沙の瞳が据わっている。真っ直ぐに翔の瞳を見つめていた。
「何度言えばいい? それとも毎日言わなければ判らないのか?」
翔の瞳が嬉しそうに輝く。本当に殴りつけたくなった美沙だった。
「おまえは人だ。今更、わたしに、それを言わせるのか?」
「やっぱり、おまえは瑞紀の友人だな」
翔の顔に微笑が浮かぶ。
(こいつは……)
なぜか、美沙はイライラしてきた。
「おまえ、遊んでないか?」
「とんでもない」
大げさに首を振る翔だったが、その瞳は笑っている。
「こんな時、瑞紀だったら、おまえを抱きしめるのだろうが……わたしは……」
翔が首を傾いた。
「殴る!」
有言実行、翔を殴り飛ばす。
「甘えるのも、たいがいにしろ!」
美沙は再び、翔の胸倉をつかみ上げていた。
「わたしは瑞紀じゃない!」
翔の顔がキョトンとなる。
「あたりまえだ。おまえは紫村だ。瑞紀じゃない。瑞紀だったら、今の俺を見ても『凄いね』とか『かっこいいね』としか言わない。賭けてもいい」
「あたりまえだ。瑞紀は、その辺の事は頓着しない。感じたままにしか言わない」
「そうだよな、あんな女は他にはいないと思っていた」
「いても、ちょっと困るがな」
翔は美沙も一緒だと思っていた。
それなのに、美沙はその事に気がついていない。それが可笑しかった。自分の事は見えていないと良く言うが、納得できた気がする。
そんな二人を、美緒達は首を傾げて見ていた。
二人の様子は、はたから見れば痴話喧嘩にしか見えない。
「この二人、付き合ってはいないんだろ」
呆れたような悠馬と、頭痛を感じ始めた四郎だった。
「そうです。そのはずですが……何か、ムカツキませんか?」
「蹴り飛ばしたくなるのは俺だけか?」
「あら?」
と美緒が悠馬を見て微笑む。少し怖い微笑みだった。
「気が合いますね。私も少し運動をしたいと思っていたところよ」
「美緒さんもですか。たしかに、目の前に蹴り頃なのがありますが」
どうしますと悠馬の眼が言っている。
「じゃあ、せいので。どう?」
「いいですね」
「いいじゃない!」
翔と美沙の声が重なっていた。
おや?と美緒と悠馬の顔が変わる。やってられないと四郎は、そっぽを向いていた。
その隣でライとアキトは、笑いを抑えるのに必死になっている。今にも大笑いしそうな顔だった。
「やっと気がついたか」
「二人だけの世界に入んないでね。もう少ししたら、たっぷりと時間を上げるから」
「美緒さん!」
「姉さん!」
赤くなった二人が同時に叫ぶ。やれやれと四郎は首を振って美緒に聞いていた。
「どうでもいいけど、結局はどうするんです?」
どうでもいいのかと翔と美沙の二人は聞きたい。大いに聞きたかったのだが、それは出来なかった。
一転して美緒が真剣な顔で四郎に答えていたからである。
「取り敢えずの所は、桂木君の事と黒い異形が人に戻った事は、黙っている方が良いわ」
「だが、どう説明する?」
悠馬が美緒を見た。
「説明する必要は無いわ。長谷川さんが何とかするでしょう」
「あの刑事さん。信用できるのか?」
「大丈夫よ。あの人も北川さんと同じ種類の男だから。私達は、黙して語らず。それでいいわ」
苦しい言い訳をしなければならない長谷川を、美緒はちょっと気の毒に思うが、彼なら上手くやってくれると思っている。
その後、美緒達はすぐに解放された。
北川親子はお互いに何も言わずに、黙ったまま見ているだけに終わってしまう。大まかな説明は、美緒が行い足りない所は長谷川が補足した。北川も他にわかった事があれば、連絡するようにと釘を差しただけである。
警察の発表が気になるところだが、美緒はあまり気にはしていなかった。何も判っていない状況では、どうする事もできない事を知っている。
結果的には、一月半前と同じようになる事も予測できた。




