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異形の戦士  作者: 樹 雅
第1章 ~真紅の炎~
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17話 決着

 バイクが紅と黒の異形同士の間に割って入った時、間合いが開く。瞬間、長谷川は二十ミリ対戦車ライフルのトリガーを絞っていた。

 衝撃が肩を抜けていく。素早く次弾を装填すると、再びスコープを覗き込んだ。


「どう?」


 すかさず美緒が聞いてくる。しばらく様子を見ていた長谷川は微かに頷いていた。


「とりあえず、足止めにはなりそうです。ダメージを与えられたかは判りませんが……」


 スコープの中で黒い異形が起き上がる。再び、長谷川はトリガーを絞った。

 弾丸は黒い異形の頭部に命中はしたが、のけぞらせただけでダメージを与えたようには見えない。


 黒い異形が一歩踏み出したところを、後ろから来た四郎のバイクの後輪が、踏み出した足の膝裏を襲った。

 足を跳ね上げられた黒い異形が、グラリとバランスを崩して仰向けに倒れる。

 バイクはすぐに接地して、砂を撒き散らしながら一直線に離れて行った。距離を取って方向転換すると、黒い異形の様子を見るように止まる。


「バイクで、異形を転がした?」


 呆れたように長谷川は言った。美緒は美緒で信じられない物を見たような顔になっている。


「うそ」

「人形であれば、やりようはあるさ」


 何の事は無いとでも言うよな悠馬だった。

 驚いていたのはライとアキトも一緒である。


「やりますね」

「感心している場合か。シロートに先をこされたぞ」

「後れを取るわけにはいきませんね」

「当たり前だ」


 言い捨てたアキトは、起き上がってくる黒い異形に光刃を、下から上に救い上げるように振り抜く。

 上半身を逸らして光刃を避ける黒い異形に、今度はライの光刃が上から下へと襲い掛かった。

 頭部を強打された黒い異形が、耳障りな音を立ててひっくり返って行く。

 ライとアキトが、黒い異形に攻勢をかけているのを見た悠馬は、長谷川に顔を向けると言った。


「時間稼ぎにしかならないけどな。で、刑事さん。奴の関節を狙えるかい?」

「関節?」 

「そう。曲がるところは、たいがい他の部分よりも弱いからな」

「なるほど。やってみよう」


 スコープの中で黒い異形が立ち上がり、四郎のバイクの方を向く。膝裏がスコープの中に見えると、長谷川は照準を合わせてトリガーを絞っていた。

 黒い異形の右足が跳ね上がり、再び黒い異形は仰向けに倒れる。 そこに、美沙が飛び込んで光刃を振り下ろした。

 横に転がって黒い異形は、その攻撃を避ける。瞬間、美沙が後退するように飛び下がって間合いを開けた。


 再び、ライとアキトが左右から飛び込んで光刃を振り抜くと、黒い異形はさらに跳び下がる。

 開いた間合いを詰めるように黒い異形が動きだした時、咆哮が響き渡り黒い異形の足が止まった。その足元の土が銃声とともに跳ね上がる。

 黒い異形の足が完全に止まり長谷川を見た。再度、銃声が響いて黒い異形の頭が、ガクっと反対方向に弾かれる。


「今だ!」


 叫んだのは誰だったのか。


 その声に応呼するように、紅の異形が飛び込んできた。

 一気に間合いを詰め、右足に力を集中させる。陽炎が右足に収束して、紅の炎が纏わり着いた。

 黒い異形が紅の異形の動きに気がついて、防御動作を始めるがすでに遅く、紅の異形の回し蹴りが黒い異形の胸部を打ち抜く。

 その場で一回転をした黒い異形は、大地に叩きつけられた。瞬間的に大音響と共に土砂が大量に巻き上がる。

 後には、直径三メートルほどの大穴が出現していた。


「終わったようね」

「みたいですね」


 そう言って長谷川は立ち上がると、二十ミリ対戦車ライフルを担いで斜面を降り始める。その後ろから美緒と悠馬が続いた。

 大穴から振り向いた紅の異形の眼に、頭から土砂を被った美沙が身体を叩いているところが見える。


 紅の異形の姿から人の姿に戻った翔が怒鳴ろうとしたが、それよりも早く美沙が翔の胸倉をつかんでいた。


「戻ってきたか、このバカが!」


 この言葉に翔が眼を剥く。


「ふざけんな!」


 言い争いを始めた二人を尻目に四郎は、大穴を迂回して近付いてくる三人にバイクを寄せていた。


「ご苦労さん」

「何とかなってよかったですよ」


 悠馬の労いの言葉に、四郎はホッとしたように答えている。

 それだけなのかと美緒と長谷川は聞きたかった。

 あっさりしすぎる二人の会話に、何も言えなくなってしまう。ライとアキトでさえ、呆れた顔をしていた。

 それよりも、美沙と翔の言い争いが聞こえてきる。


「そんな事で、バイクで突っ込んでくるか? 異形の一撃でバイクなんか弾き飛ばされるんだ! もっと考えろ!」

「考えた結果だ! バイクもわたしも弾き飛ばされなかった。見てなかったのか?」

「運が良かっただけだ!」

「そんなものに頼った覚えはない! バイクとわたしとライフルで、奴の動きを止めたんだ。おまえ一人では、どうする事も出来なかったはずだ!」

「なっ、なんだとぉ……」

「のぼせ上がるんじゃない!」


 その間も美沙は翔の胸倉をかんだままだった。


「おまえは、奴を倒すだけの力がある。だが、それは周りの協力が無ければ有効に発揮できない」

「おまえは……」

「判らないのか? そうでなければ、わたし達が来る前に奴を倒せていたはずだ!」

「ふざ……」

「おまえは一人じゃない。わたしが一人にはさせない。なぜ、それが判らない」


 翔は美沙の瞳に、涙が溜まっているのを見て押し黙る。


「いいか、よく聞け。坂原瑞紀は桂木翔と言う男を愛していた。そいつは人で、わたしから見れば少し頼りないが瑞紀を愛する心は正直だった」


 胸倉をつかむ美沙の手が少し震えていた。


「おまえが、人である事を捨てるのは自由だ。だが、瑞紀なら、彼女なら今のおまえを見ても、異形となったおまえを見ても決して変わらない」


 翔から手を離して、その胸に頭を押し付けて続ける。


「おまえは桂木翔の記憶と心を持っているのだろう。だから、おまえは桂木翔だ。頼むから、自分をバケモノと言うのは止めてくれ……」


 美沙の声が震えていた。見下ろす肩も震えている。


「紫村……おまえ……」

「それでもまだ、自分をバケモノだと言うのなら……」


 美沙は顔を上げて翔の瞳を覗き込んだ。その瞳が輝き始める。


「わたしが殴ってでも、叩きのめしてでも……」


(殴るな……この女は……)


「……言い聞かせてやる。おまえは人だ。他人が何と言おうと気にするな。わたしがおまえの傍にいてやる」


 美沙の手が背に廻され、トンと頭が翔の胸に押し付けられた。


「それでも、まだ不満か?」


 こう言われたのでは、翔も降参するしかない。


(本当にこいつは、瑞紀が大事に思っていた女だ。瑞紀が生きていたら、言うであろう言葉を激しく、そして、静かに心に沁みるように言う)


 翔には、美沙の言葉が心地良い。知らず知らずのうちに言葉が口から出ていた。


「俺は人であっていいんだな……」

「あたりまえだ。おまえは人以外にはなれない」


 断言する美沙の言葉が嬉しく、だから言ってしまう。


「おまえは、いい女だな」

「今頃気がついたのか?」


 笑顔が翔の顔に浮かんだ。見ると美沙も笑顔を浮かべている。

 その二人の様子に、美緒達四人はかぶりを振って肩を竦めていた。ライとアキトは苦笑らしきものを浮かべて見ている。


「翔」


 その言葉で翔と美沙は四人に視線を移した。呆れ顔の六人である。


「悠馬さん。四郎……俺は……」

「ああ、何も言わなくていい」


 悠馬が翔を止めた。溜め息をつきそうな顔の四郎が首を振っている。


「何がどうなっているのか、判らんが、まあ無事でよかった」

「怖くは無いのか?」


 本当に盛大な溜め息をついた四郎だった。


「あのな。正直言うと、おまえが変貌した時は怖かったさ。さっきまでは、ちょっと無理していた。だけどなぁ……」


 首を振る四郎の後を、同じように首を振っていた北川が続ける。


「今のおまえを見て、怖がるのは無理だ。女と抱き合っていては、アホらしくて怖がっていられるか」


 言われて気がついたように、翔と美沙はパッと離れた。抱き合ったままと言う事さえ忘れている。

 顔が火照ってしまうのを自覚した翔が、慌てたように口を開くが言葉は出てこなかった。美沙も赤い顔で翔と同じ動きをしている。

 その二人の様子に美緒は、やれやれと首を振って大穴の中に視線を移した。


 中心には人が倒れている。胸部が潰されて赤い血に染まっていた。ひと目で死んでいる事が判った。


「……人なの?」


 その声で全員が大穴の中を見る。


「……人ですね……」


 間の抜けたような長谷川の声だった。


「……俺は、人を殺したのか……」 


 大穴の中を見つめる翔の肩に、ポンと手が置かれる。同じように大穴の中を見ていた美沙だった。


「判らん。こいつは黒い異形だった。死ぬと人に戻るのか、それともおまえみたいに、異形となり人に戻るのか……」

「そうね。異形の姿になり人の姿になる。それが出来るのは、今のところ私達は桂木君だけしか知らない。この人が桂木君と一緒なのか、それとも異形のままだったのか……今となっては判らないわ」

「どちらにしても、こいつは大勢の人を殺めている。人に戻ったからと言って、その事実が消えるわけではない。おまえが気にする必要は無いさ」


 美沙は翔を見て溜め息をつく。


「と言っても、おまえには無理だな」

「解ってんなら、言うんじゃない」

「だが、憶えておけ。戦うと言う事は、こう言う事が付きまとう。それは、どんな時でも変わらない」


 そして、笑いながら言う。


「おまえだけでなく、わたしも一緒に背負おう」

「ありがたいな」


 翔は肩を竦めて首を振っていた。


「だが、俺が背負う物は自分で背負うさ。何があっても後悔はしない」

「いい心がけだ」


 そんな二人を横目で見ながら美緒は、長谷川に声をかけている。


「この遺体の事なんだけど……」

「何でしょう」

「うちに検死を廻すように手配できないかしら?」

「私が決める事ではないんですが……どうしてです?」

「黒い異形だった人物のデータをね……たぶん、同じ事になると……」

「同じ事?」

「ん、まあ……」


 歯切れ悪く美緒は言葉を濁していた。

 どう言う事か長谷川は聞きたかったが、北川が部下を連れて姿を現したのを見て押し黙る。今は聞く時ではないと思えた。

 近づいた北川の足が止まる。


「なぜ、ここにいる……」


 驚いた顔を悠馬に向けていた。

 首を傾げる他の者を尻目に、悠馬一人がイラついたような顔をしている。


「おやじ……ちっ、長谷川が県警だと聞いていたのに、忘れていたぜ」

「説明しろ、悠馬」

「変ってねぇな、その口調は」

「悠馬!」


 いがみ合っているようにしか見えない二人に、長谷川は意を決して割って入った。


「課長、後です。今は、現場検証が先です」

「長谷川?」

「事情は後でも構わないはずです。彼らは逃げません」


 長谷川は、まだ固まったようになっている美緒を呼ぶ。


「美緒さん。全員を連れて駐車場で待っていてください。ここにいても我々の邪魔です」

「わかったわ」


 長谷川の意図を汲み取った美緒が頷いた。

 北川親子に何か確執がある事は、短い会話でも容易に理解できる。今はそれを言っている時ではないし、先にやるべき事もあった。

 美緒が、警察ではない者達を引き連れて離れて行くのを見た長谷川は、北川を急き立てて現場検証を始める。


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