12話 捨てるもの
「この、バカ!」
声とともに、美沙が翔に詰め寄っていた。しかも、胸倉をつかんで引きずり起こしている。
四郎の目に、翔が顔を背けるのが見えた。
「何をしに来た」
「おまえ、良くそんな事が言えるな」
どう見ても穏やかではないと見て取った四郎は、訳が判らないなりに二人の間に割って入る。
「おい、おい、ちょっと待て」
「邪魔をするな!」
怒鳴られてしまう四郎だったが、ここで引く訳にはいかなかった。ここまで美沙を連れて来た負い目がある。
「ちょっと落ち着けって、紫村」
「おまえには関係ない。引っ込んでいろ!」
美沙は翔の胸倉をつかんだまま、振り返りもせずに言い捨てていた。
「そうもいかん。翔の都合も考えずに、俺があんたを連れて来たんだ。その責任がある」
「そんなものは無い! わたしはこいつに話があるだけだ」
頑として譲らない美沙に、四郎は溜め息を付いて翔を見る。
「すまんが、翔よ。どう言う事なのか教えてくれ。紫村は急用でおまえを捜していたんだ。俺は、おまえが会いたくないのに紫村を連れて来た訳か?」
翔は顔を背けたまま何も言わなかった。
美沙にしても相変わらず胸倉をつかんだまま、翔を睨みつけているだけてある。
四郎はそんな二人を交互に見て、再び溜め息をついてしまった。
「あのな。おまえら見ているとな。浮気がばれた男を女が問い詰めているようにしか見えないぞ」
「なっ……」
「ばっ……」
一気に二人の顔が赤くなる。
そんな二人の様子を見て、四郎は三度溜め息をついていた。
「そういう反応しているから、尚さらそう見えるんだよ」
赤い顔のまま二人は、言葉もなく四郎を見る。
「おまえらの関係は良く判らんが、とにかく落ち着いて話せるようにしようぜ。な」
美沙は翔から手を離し、バツの悪そうな顔で一歩下がっていた。翔も頭をかきながら、ワンボックスカーの荷台から、折りたたみイスを取り出して二人に勧める。
腰を落ち着けてから四郎は言った。
「取り合えず、紫村がお前を捜していたのは間違いないんだから、理由ぐらいは聞くべきじゃないのか?」
それでも二人は何も言わない。
「紫村が坂原の友人と言うのは聞いたが……」
翔と美沙の二人は、互いに気まずいようで顔を合わせられないようだった。四郎は、また溜め息をついてしまう。
「お? 四郎か。どうした?」
そこへ悠馬がクーラーボックスを担いで姿を現した。
「悠馬さん。翔のおとも、ご苦労様です」
「ああ。で、そっちの彼女は四郎の?」
「違いますよ。翔に用があるとかで、連れて来たんですが……」
「ふーん。ああ、これをどうぞ」
悠馬はクーラーボックスから、ペットボトルを出して三人に手渡した。
北川悠馬、二八才。独身で年の離れた妹が一人いる。
翔と四郎の行きつけのバイクショップ『ブルムヘルム』のオーナーで、二人とも何かにつけては悠馬の世話になっていた。二人にとって悠馬は、頼れる兄貴分で信頼する人でもある。
だが、翔は今回の自分の身に起こった事を、悠馬には話していなかった。と言うよりも話せる事ではない。
気まずい雰囲気が翔と美沙の間にあった。それを感じ取った悠馬は、二人を交互に見る。
「翔の浮気がばれて彼女が怒っている。そう言う事なのか?」
「悠馬さん!」
翔が叫けんだ。
四郎は噴出し、美沙は何ともいえない顔で悠馬を睨みつける。
「あっ、違うのか。悪い」
ペコリと頭を下げる悠馬に、翔は脱力しかけた。
「で」
と悠馬は美沙を見て言う。
「君は紫村美沙さんかな?」
「どうして……」
驚く美沙に、悠馬は笑顔を向けた。
「坂原さんに聞いていたんだよ。自分の一番の友、とても大切な人だとね。どうかすると、翔よりも大切に思っていたようだった」
「あなたは、誰です?」
「俺は北川悠馬。この二人が良く来るバイク店のオーナーだよ。二人とも高校の時からの付き合いだから、かれこれ四、五年になるか。坂原さんは、二、三度、翔がうちの店に連れて来た事がある。話していて楽しい人だった。彼女が亡くなったのは残念だ」
「そう、でしたか……」
「ところで、翔に用があったんじゃないのかい?」
「あっ、いえ……」
この二人の前で、用件をそのまま言える訳がない。何も知らない二人に、あの事を話す訳にはいかなかった。
だから、美沙は言葉を変える。
「最近、翔が道場をサボっていたので捜していたんです。彼、ケータイを持っていないので連絡が取れなくって」
「道場?」
「ええ。古流武術の道場をわたしの実家が開いているんです。一年前から通い始めていたのですが、ここ二週間ほど出て来ないものだから、師範が怒ってしまったんです。それで、探し出して連れて来いと言われたものですから」
「行って、どうする?」
投げやりな言葉が翔の口から出る。ペットボトルを弄びながら続けた。
「瑞紀さえ護れなかったんだ……もう、どうでもいい……」
そんな翔の態度に美沙は眉をひそめる。
この二週間は翔とは会ってはいなかったが、酷く気だるげだ。この間に何があったのかは判らないが、翔の態度はおかしい。
「おまえ……」
不信感が湧き上がった。
「……何があった」
「何も」
肩を竦めて答える翔に違和感がありすぎる。
前だったら、こんな風には言わない。
おまえの知った事か、そのくらいは言うはずだ。
ゆっくりと美沙は翔に近づいて、膝立ちになり正面から見つめる。
「ふざけているのか?」
「いいや」
乾いた笑いが翔の顔に浮かんだ。
おかしい、絶対に何かが違う。
翔はこんな顔で笑わないし言わない。
その言動に、不安が大きくなるのを美沙は感じた。手を伸ばして翔の顔を挟と、その瞳を覗き込んでいた。
途端に、翔が瞳を逸らす。
「なぜ、逸らす?」
翔は何も言わない。
振り解くでもなく、ただ瞳を逸らしただけだった。
二人の様子に、悠馬と四郎は顔を見合わせて首を傾げている。
「彼女じゃないんだろ?」
「そう言っていましたが……」
「どう見ても……」
「恋人同士に見えますよねぇ……」
二人の会話は聞こえていたが、美沙はそれどころではなかった。
漠然と、このままではまずい事になる。取り返しの付かない事が起こってしまう。そんな気がしてならない。
異形になった事が原因なのか、瑞紀の死が今になって翔の心に何か影響を与えたのか、何が原因なのか今の翔からはつかめない。
判らないから、試すつもりで聞いていた。
「瑞紀を護れなかったからか?」
反応があった。
後悔と悲しみが翔の顔に浮かぶが、こうなった事とは違う。
「あれと関わりがある事か?」
一瞬だけ、美沙を見て翔は再び瞳を逸らす。あれとは事件の事ではなく、紅の異形の姿の事を言ったつもりだった。
事件の事なら、先ほどとは、違った反応を見せていたはずである。
紅の異形。
あの時、翔が変貌した姿だった。
あれ以来、紅の異形の姿に変貌する事は出来なかったはずである。
なのに、それに反応した。
この二週間で紅の異形に関して何かあったとしか考えられない。そう美沙には思えてならなかった。
「おまえ、この二週間で何を見た?」
言うべきではない事は十分理解していたが、止める事ができない。止めてしまうと、二度と聞く機会が無くなる予感があった。
「言え。何を見た?」
「言える、と思うか?」
「思わん。だが、今聞いておかないと、おまえは二度と言わないはずだ。違うか?」
表情を無くした瞳が美沙を見返してくる。
「そして、俺は人としての全てを失うのか?」
「なんだ……それは?」
美沙の声が震えた。
「それだけだ」
感情が一切無くなったような顔をする翔に、美沙の心は危機感で埋まった。本能が警戒を発している。言い知れない恐怖が心を支配しかけた。
それを止めたのは、夢に見た瑞紀の言葉。
『翔を助けてあげて。あなたなら出来る』
焦燥感が湧き上がってきた。
何も言わなければ自分にはどうする事も出来なく、いや、話してくれたとしても何ができるわけでもない。
だが、話してくれなければ身動きが取れない。気がつけば、美沙は奥歯を噛み締めていた。
「話さなければ、わたしは何も出来ない」
「何もしなくていい」
「そう言う訳には行かない。おまえを失う訳には行かないんだ」
「あれと戦わせるためにか?」
「違う! そうじゃない!」
言葉が届かない、どう言っても所詮は他人事。そう割切ってしまっているようだった。そんな相手に、どんな言葉を費やしても無駄な事は判っている。
だからと言って、諦める訳にはいかなかった。言葉がだめなら、行動で示すしかない。頭では判っていても、具体的な行動を美沙は知らなかった。
(瑞紀……助けてくれ。わたしではだめだ。わたしでは何も出来ない……)
知らず知らずの内に美沙の心は、かつての失ってしまった親友に助けを求めていた。何も出来ない自分がはがゆかった。
見詰め合うとは、程遠い雰囲気を纏わりだした二人に、悠馬と四郎は呆気に取られて見てしまう。
いきなり変わるものなのか、と思う二人だった。
突然、爆発音と悲鳴が、辺りに轟く。
反射的に翔と美沙の二人は、同時に立ち上がって振り返っていた。
南側のオフロードコースに黒煙が上がっている。コース周辺も騒然となり、オフィシャルや関係者がコースを走って行くのが遠目にも見えた。
「事故か?」
「煙が上がっていますね」
「にしては、様子が変だな」
コースを走っていたオフロードバイクが逆走してくる。黒煙が上がった方に向かっていた人達が、慌てたように戻ってきた。
その間に翔は止めていたトライアル車に跨り、エンジンを始動させると方向転換をして走り出させる。
舌打ちとともに美沙は、トライアル車の後ろに飛び乗っていた。
「タンデム車じゃない。落ちるぞ」
後輪の出っ張りに両足を掛け、翔の肩をつかんだ美沙が答える。
「さっきの答えを聞いていない。それに、これは変だ」
「奴が出た」
「奴? まさか、わかるのか」
「ああ」
「どうして?」
「異形には異形が判るようだ。それより、つかまっていろ」
そう言って翔はバイクを加速させた。走り去る二人を見送っていた悠馬と四郎は、首を傾げてしまう。
「慌てていませんでしたか。あの二人」
「そうだな、俺達も行ってみるか。どうも様子がおかしい」
「そうですね。後ろに乗ってください」
四郎は乗ってきたバイクのエンジンを始動させ、悠馬が後部に乗ったのを確認してから走り出した。
泡を食った人の波が翔達を足止めしている。まるで我先に逃げ出すような人の動きは、一月半前を思い出させた。
気がついた者は、バイクや車で移動し駐車場の入り口は、クラクションと怒号が満ちて混雑している。
「何だ? 何が起こっている?」
その声は翔の隣から聞こえてきた。
横を見ると、悠馬と四郎がバイク乗ってそこにいる。驚いた翔に悠馬が尋ねていた。
「何か判ったか?」
返す言葉がない翔に、悠馬はどうしたと言うように首を傾げている。
「どうして、ここにいるんです。早く逃げてください」
「逃げる? なぜ?」
肩をつかんでいた美沙の手に力がこもった。
「奴だ。まだバイクなら逃げられる」
「どこだ?」
「一〇〇前」
そう言って美沙はバイクから降りる。
「どうするつもりだ?」
「足止めをする。この距離なら、逃げるだけの時間は稼げる」
背負っていたバックの中から美沙は、ヴァンジェラを取り出した。
「あの時の事を繰り返すつもりか?」
「その気は無い。あんな無様な真似は二度としない」
美沙は前を向いたまま答えている。そして、ポケットからスマートホンを取り出して電話を掛けた。
「……わたし……奴が出た……そう……畑山オートコース……」
それだけ言って電話を切ると、四郎を振り返る。
「逃げろ。ここにいると死ぬぞ」
言い捨てて美沙は走り出した。右手に持つヴァンジェラからは、一メートルほどの光刃が伸びている。
説明もなしに走り出した美沙の姿に、悠馬と四郎の二人は困惑した。そして、説明を求めるように翔を振り返る。
「紫村は何をする気だ?」
「どういう事だ?」
前を見たまま翔は答えなかった。
思わず怒鳴ろうとした悠馬の目の端におかしな物が映る。
「何だ……あれは?」
不審げな声になってしまった。四郎は声も無くそれを目にする。
黒い人の形をしたものが見えた。
人の形をしているが、それは決して人ではない。四郎は、全身から冷や汗が出てくるのを自覚した。
もの凄くヤバイものだと判ってしまう。
「あんな……あんなのは……」
表現のしようが無かった。
それは生物としてありえない姿をしている。
美沙が黒い人の形をしたものと、間合いを取って対峙するのが見えた。ヴァンジェラの光刃を向けると、黒い人の形をしたものは警戒するように足を止める。
あんなのと戦うと言うのかと思う反面、先ほどの言葉の意味が判ってしまった。
「無理だ」
思わず出た言葉。
「それが、紫村美沙と言う女だ」
答えが返ってくるとは思ってもいなかった。振り向いた四郎の目に、バイクを降りた翔が見える。
「何がどうなっているのか、判らないが……」
悠馬がバイクから降りて、傍に転がっていた鉄パイプを取り上げた。それを見た四郎が首を傾げる。そして、何をする気なのか判った。
「あれと……無理ですよ」
「ま、出来る、出来ないは別として……」
言いながら悠馬は、翔の乗っていたトライアル車に跨る。
「女一人に、あんな事をさせる訳にはいかないだろう。男の俺達が退くには、な」
左手に鉄パイプを持ち替えて、悠馬はバイクを発進させた。諦めたような溜め息をついた四郎も、手近な鉄パイプを拾い上げている。
「退けない……か。しょうがない……」
そのまま四郎もバイクを走らせた。
二人とも、勝てるとは思ってはいない。ただの目くらましになればいいと思っていた。ようするに、時間稼ぎにしか過ぎない。
先ほど美沙が、どこかに連絡をしていた。
どこかは判らないが、何か手立てがあるから連絡をしていたのだろう。それが到着するまでの時間が稼げればいいと思っていただけだった。
その二人の姿を翔は黙ったまま見送る。悠馬も四郎も、相変わらずに昔のままだった。それを羨ましく思う。
(……また同じ事になるのか。あいつを死なせた時と、瑞紀を死なせた時と……何度同じ事を繰り返せばいい……)
それは、いく何でも我慢できる事ではなかった。
(今の自分なら、奴と渡り合えるだけの力があるではないか。なのに、ただ見ているだけか? 人である事に固執する必要は無い。人でなくてもいいではないか。俺はすでに死んでいたはずだ。ならば自分も同じ異形の者だ)
ゆっくりと翔は歩き出しす。その顔には吹っ切れたような笑みが浮かんでいる。
美沙は後ろから聞こえてきたバイクのエンジン音に、一瞬だけ嬉しそうな顔で笑った。近付いてくるバイクに乗っているのが、悠馬と四郎である事に気がついて愕然となった。
「何しにきた!」
「君と一緒」
端的に悠馬が答え、美沙の右を通り過ぎて行った。左からは四郎が追い抜いて行く。
「女一人に出来ないからな」
美沙は呆れた顔で二人を見てしまった。
翔の友人達はやっぱり変わっている。つくづくそう思ってしまった。
二台のバイクは両側から黒い異形に近づく。迷ったように黒い異形の動きが止まった。すれ違いざま、二人は鉄パイプを黒い異形に打ち付けていた。
「あんな物で、無理だ」
銃弾さえ弾く異形には意味が無い事なのだが、二人はその事を知らない。金属音とともに、二人は鉄パイプを取り落としている。
「なんて硬さだ」
「手が痺れた」
二人は黒い異形と距離をとり、一旦バイクを止めた。そして、同時に顔を見合わせるとバイクを走らせる。今度は一直線に黒い異形に向かって行った。
「無駄だ! バイクぐらいじゃあ、ビクともしない!」
美沙の叫びに、悠馬が叫び返す。
「やってみなければ判らんさ!」
美沙の立っている少し手前で、二人はバイクから飛び降りた。地面を転がりながら、それでも黒い異形へと突っ込んでいくバイクを視界に捕らえている。
衝突寸前で、黒い異形は両手を広げると、簡単にバイクは両脇へと弾け飛んで行った。
「うそだろ……」
「なんて奴だ……」
美沙は、まだ起き上がっていない二人の前に出る。
「乗用車さえ弾き飛ばしたんだ。バイクなんか簡単だ」
「こいつは、一体なんだ?」
「知らん。人ではない事は確かだ」
黒い異形は首を傾げる仕草をしていたが、突然、その場から大きく後方へ飛び下がっていた。
「何だ?」
立ち上がりながら四郎は首を傾げる。
「もう、いい。下がっていろ」
翔の声が聞こえた。
振り返った三人の目に、近付いてくる翔の姿が霞んで見える。 翔の身体から陽炎が立ち上り、姿を揺らいで見せていた。
「おまえ……」
その揺らぎに覚えがある。
あの時も翔の姿は揺らいで見えた。
「なれるのか!」
笑ったように見える。
それに美沙は、嫌な予感が湧き上がってくるのを感じた。さっきまで感じていたのと同じ予感。
「……なくしてしまう物など何もない……」
「何を……」
言い知れぬ恐怖が美沙を支配する。
「……バケモノはバケモノ同士で戦う……か」
意味が判らずに、悠馬と四郎は翔を見ていた。
「おまえの言う通りだ。紫村……」
陽炎が紅に色づき始める。
「……もう、いいだろう……」
呆然と悠馬と四郎は、その翔の姿を見ていた。
何が起こっているのかは、判らないが目の前の光景は理解の範疇を超えている。
「……桂木翔は半年前に死んだ……」
そんな事は無い、そう言いたかったが声にはならない。
「……ここにいるのは……桂木翔の……」
紅の陽炎が翔の体に纏わり付いていった。
「……記憶を持つ……バケモノだ……」
だめだと思った時、美沙は自分の中にある恐怖が、何であるかに気がつく。
桂木翔と言う男を失う事。
愛している訳でも惚れている訳でもないが、このまま翔を失う事は、瑞紀を失った時以上の喪失感が起こると思えた。
それが美沙の恐怖。
「……見せてやろう。バケモノの力」
甲虫を思わせる装甲となって具現し、紅の異形がそこにいた。
瞬間、美沙は叫ぶ。
「だめだ! 戻って来い!」
美沙の叫びを無視して、紅の異形は傍を駆け抜けた。伸ばした手は空を切っり、紅の異形は一気に黒い異形との間合いを詰める。
そして、異形同士の戦いが始まった。
双方とも手足を繰り出し、攻撃と防御を繰り返す。
その様子を見て取った美沙は、北側と四郎の傍まで退いていた。
「退くぞ。ここにいては、翔の戦いの邪魔になる」
「あれは……あれは、本当に翔なのか?」
蒼ざめた顔で四郎が聞いてくる。悠馬は信じられないように首を振っていた。
唇を噛み締めて美沙は答える。
「そうだ。紅の異形は桂木翔だ」
「何が、どうな……」
「今、考えても始まらない。あれの戦いに人が割って入るのは命がけだ。距離を置いて援護する方法を考える」
言われるまま、二人は後退を始めた。
異形同士の戦いを振り返りながら美沙は、今は離れるしかないと知っていた。そして、その顔には焦燥感が浮かんでいる。