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異形の戦士  作者: 樹 雅
第1章 ~真紅の炎~
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9話 当事者達

 美緒に呼ばれて紫村科学技術研究所を訪れた翔と美沙の二人は、検査と治療の後で美緒の部屋を訪れた。

そして、扉の向こうの光景を見て足が止まってしまう。


「……邪魔……した……?」


 珍しく擦れた声を出していた美沙だった。翔にいたっては、バツの悪そうな顔で苦笑している。


「ちっ、違う!」


 美緒が顔を赤くしたまま叫んでいた。同時に首も思いっきり左右に振っている。

その声と動作にソファーに座っている青年が溜め息を付いていた。

 翔と美沙の二人は、互いに顔を見合わせると首を傾げる。


「あの人、思いっきり落胆しているぞ」

「わたしも見た。溜め息まで付いていた」


 二人の言葉に青年が飛び上がった。


「落胆はしていません。溜め息は付きましたが……」

「あら?」


 と美緒は青年を睨みつける。

 慌てたように青年が、しどろもどろに言い訳を……。


「あ、いえ、あ……」


 ……言えなかった。


「まあ、いいわ。二人とも、こっちに来て。見せたい物があるの」


 何がまあいいんだろうと翔は思ったが、聞く事がとても怖い。美沙も同じように思っていたらしく、黙って美緒の言う通りにしていた。

 美沙は美緒の隣に腰掛け、翔がその隣に立つ。美緒はテーブルの上の写真を取り上げて、何も言わずに美沙に手渡していた。


 写真を見た美沙は言葉が出ない。奴と自分と翔がその写真に映っていた。やがて、じっと写真に見入っていた美沙の口から唸り声にも似た言葉が出てくる。


「……どうして……こんな物がある……」

「あの場所に彼がいた。デジカメを持っていたそうよ」

「……何者だ。こいつ……」


 美沙に睨み付けられた青年は、思わず身を引いていた。意識しての行動ではない。反射的に体が動いていた。右手も背広の内に持って行きかけている。

 恐ろしく物騒な気配を、美沙は身に纏わり付かせていた。


「警察の人。捜査一課の長谷川さん。非番であの場所にいたそうよ」

「困りますよ。部外者に見せるのは」

「部外者ねぇ……」


 美緒の意味ありげな言い方に、長谷川の目が訝しむように細められる。


「瑞紀が死に、おまえはこんな姿だった……」


 押し殺したような低い声に、長谷川はギョッとしたように、もう一人の若者に目を向けた。こちらも、同じような気配を纏わり付かせている。


「どう言う事だ。それは」

「あなたは口が堅い? 他言無用を誓える?」


 横から美緒が、いきなり長谷川に質問を浴びせかけた。意図がつかめずに、長谷川は美緒を見返してしまう。


「誓って」


 端的に言う美緒に、長谷川はますます首を傾げてしまった。


「私は警察官です。守秘義務は理解していますが、誓えと言うのなら、自分自身に懸けて他言無用を誓います」

「まあ、いいわ」


 長谷川の言い分に美緒は納得しざるを得ない。

 そして、爆弾を落とした。


「この二人は、あの時の目撃者であり、当事者よ」

「はっ?」


 カクッンと長谷川の顎が落ちる。


 美緒の言葉が理解出来なかった訳では無い、あれほど捜していた目撃者が、あっさりと見つかったからだ。それに頭が付いていかなかったのである。


「当事者? ……て、あの場所にいたのか!」


 長谷川は思わず叫んで二人を見た。男も女も長谷川を見たままである。


「翔、この人が何か聞きたいみたいだぞ」

「おまえにも聞きたいみたいだな」

「あれを見ていたのなら話は早い。警官隊の拳銃弾ぐらいでは奴を倒せない。全て身体の表面で弾かれていた」

「どうし……いや……」


 それは聞きたかった事だが、当事者ならもっと違う事を知っているはずだ。と混乱しそうになる頭で、長谷川は考えている。


「ちょ、ちょっと待ってくれ。一方的な情報を断片的に聞いても、混乱するだけだ。まずは私の質問に答えてくれ」


 ほう、とでも言うようの声が聞こえた気がした長谷川だった。


「えっと、君達は?」

「紫村美沙」

「私の妹よ」


 横から美緒が口を挟む。


「桂木翔だ」

「それで、当事者と言うのは、あの場に……」

「バカだな」


 美沙が言えば、翔が同意した。


「バカだ」


 二人の物言いに長谷川は呆気に取られる。美沙の横で美緒が苦笑を浮かべるのを、眼の端に捕らえた。


「いや、これは確認とし……」

「よく、こんなのに警官が務まるな」

「本当に大丈夫か?」


 長谷川は、ますます言葉を無くす。


「当事者と言うのは、あの事に関わりを持つ者の事を言う。わたし達はあの場所にいた。そう言っているのに、いまさら確認か?」

「あんたが撮った写真に俺達が写っているんだ。いまさら、いなかったなんて言わない」


 唖然と長谷川は二人を見るしかなかった。そのようすに、美沙はやれやれと溜め息を付いてしまう。


「それとも、時間の経過とともに状況も説明したほうが良いのか?」

「無駄だろ。長ったらしい」

「では、どう言う?」


 美沙は翔を見上げた。


「そうだな……あの黒いのが現れて、手当たりしだい破壊して行った。それだけだろ」

「短すぎるぞ」


 それに対して翔は肩を竦めて言う。


「どこから来て、どこに行ったかなんて判らないからな。それに、俺達はあれの正体を知っている訳でもないからな」

「それは、そうだが……」

「他に言いようがあるか?」


 うーん、と美沙は少し考え込んでいたが、やがて首を振っていた。


「ないな。おまえの言う通りだ。まあ、逃げられたのは確かだしな」

「と、言う事だが」

「そうじゃない。そうじゃなくて……」


 我に返った長谷川は思わず叫んだが、後が続かなくない。当の二人は、首を傾げてなんだと言うような顔をしていた。

 美沙の隣では美緒が、口元を抑えて体を折っている。

 なぜか長谷川は頭を抱えたくなってきた。気を取り直そうとして、写真を示して質問をする。


「君達が写っているのはどれだ?」


 二人は呆れたように一枚の写真を示した。それは、紅の異形と顔面半分を血に染めた若い女が写っている写真である。


「血を流しているのが美沙君で、紅の方が桂木君か?」

「やっぱりバカだ」

「本当に、大丈夫なのか?」


 呆れたような美沙の声と、心配そうな翔の声に長谷川の動きが止まった。と、耐えかねたように美緒が声を上げて笑い出す。


「何が可笑しいんです!」


 憮然となる長谷川に、美緒の笑いが止まらなくなっていた。美沙は何が可笑しいのか判らずに、首を傾げて翔を見上げ、それに肩を竦めて答える翔である。


「で、何が聞きたい。はっきり言ってくれないと解らない」


 長谷川は、嘆息して二人を見ると言った。


「何があったのかは、信じられない事だが、私は把握している。だが、それを証明する手立てが無い。証明できなければ上は納得しない。その証拠集めがしたい」

「それは無理だ」

「無理?」


 首を傾げる長谷川に翔は言う。


「ああ。その黒い奴は生け捕りなど出来ない。仮に出来たとしても、どうやって拘束する? 相手はコンクリートさえ破砕してしまうんだ。拘束のしようが無い」

「鎖では、だめか?」


 美沙の意見に翔は首を振った。


「鉄柱さえ曲げるんだ。一体形成でもない限り、どんなに頑丈な鎖でも切れるぞ」

「では、ワイヤーでは?」

「あのなあ」


 代案を出してくる美沙に、翔はげんなりと肩を落とす。


「絶対に切れないワイヤーなんて、あるか?」

「無いよな。じゃぁ、捕獲は無理だな」

「だから、そう言っている。それとな、あの時、俺はその紅の姿になったが、今はなれないし、なる気もない。証言しろと言われても、何も言う気はない」

「どう……」


 言いかけた長谷川を翔が止めた。


「あんた。その写真だけ見て、その黒いのと紅のが暴れて大勢が死にました。そして、その紅のはこいつです。なんて言われて納得するか?」

「無理だな。納得のしようが無い。おまけにこいつが、何なのは正体不明ときている。そして、翔がどうして紅の異形になれたのかも解らないときている。証明しようとするだけ無駄だな」


 美沙が翔を見上げてくる。


「おまえ、もう一度、紅の姿になれと言われて、なれるか?」

「なる気もない」


 再び二人は、長谷川を無視して話し始めた。私は何なんだと長谷川は、頭を抱えたくなってくる。美緒は相変わらずに身体を折って笑っていた。


「そうだな。今のおまえの身体を調べてみても、人と変わらないから、おまえを紅の異形とは誰も思わないな」

「俺の身体で実験するよりも、こいつを警戒して現れたらどう対処するかを、考えた方が建設的だ」

「たしかに、その通りだ」


 頷いて再び美沙は翔を見上げる。


「でも、どうやって?」

「こいつの身体を貫ける物が無いか? 拳銃では無理だから、威力のあるライフルで撃つとか」

「それは難しいぞ。あの反射速度だ、不意打ちでもないと当らないかも知れない。それに、命中したとしてもダメージを与えられるのか?」

「ライフル以上の物? 何かあるか?」


 うーん。と美沙は頭を掻いて首を傾げた。


「銃火器はあまり詳しくないんだ。知っている物だと、バルカン砲、戦車砲、携行ミサイル、機関砲に対戦車ライフルぐらいかな? でも、さすがにミサイルはまずいよな」

「そうだな……」


 美沙の言う武器を翔は考えてみる。


「市街戦になると、戦車砲やミサイルは命中しなかった時の被害は、大きくなり過ぎないか。そうなると、バルカン砲か機関砲と対戦車ライフル? バルカン砲って、たしか戦闘機に積んでいなかったか?」

「そうなんだが……無理だな。戦闘機では逆に早すぎるか? そうなると、機関砲か対戦車ライフルか」

「抱えて撃てんのか?」

「機関砲は無理だと思う。対戦車ライフルは大丈夫だろう。なんせライフルと言うぐらいだから」


 そして、二人は長谷川を見ると言った。


「と言う事だが、どうだろう?」


 何をどう言えば良いのか、長谷川には判らないし、答えようが無かった。


「今の話を聞いていなかったのか?」


 長谷川は首を振るしぐさで答えるしかない。


「奴に有効なのは、取り回しを考えて対戦車ライフルが一番良いみたいだ。まあ、実際に撃ってみない事には、効果があるのかは判らないが、拳銃よりもマシだろう」


 そんな物、警察にあるか。と叫びたくなるのを長谷川は辛うじて堪えていた。言っても無駄だ。用意出来ないのなら、あるところから借りてでも用意しろ。

 そう言われるのが目に見えていた。短いやり取りでも、それはもう悲しいかな良く判ってしまった。

 思いっきり肩を落とした長谷川は、恨めしそうに二人を見てしまっう。返ってくるのは何だと言いたげな顔だった。

 それまで笑っていた美緒が、目じりを拭いながら長谷川に言う。


「……ごめんなさいね。二人とも悪気がある訳じゃないのよ」


 それが判っているから長谷川も、恨めしそうに見るしかなかった。


「それで、対戦車ライフルだけど、研究所で用意するわ。それと、貫通力を上げた弾丸も用意出来ると思う……でも……ごめんなさいね……」


 笑いを含んだ美緒の言葉に、長谷川は溜め息混じりに、お願いしますとしか言えない。


「よく、そんな物がここにあるな」


 呆れたような美沙の声に、美緒は振り返って答えていた。


「その事は他言無用よ。今、研究所では複合装甲の強化実験を行っているから、その耐久テストで使っているのよ」

「エンピツ大のミサイルもあるんでしょう」


 半ばヤケクソで長谷川が呟くと。


「なんで知っているの!」


 開いた口が塞がらないとはこの事だ。冗談が冗談になっていない。何だか頭痛が酷くなった気がする長谷川だった。


「そんな物まであるのか。姉さん、ここは一体何を研究しているだ?」

「まさか、軍事研究所か?」

「そんな訳は無いわよ。複合装甲は防護盾の素材の研究だし、ペンシルミサイルは……まあ、言ってみれば、所員の悪乗りで作ってしまっただけよ」


 疑わしそうに三人の目に、美緒は据わった目で言う。


「ここは、真っ当な研究所よ」


 何が真っ当なのか良く判らないが、深く追求しない方がいいだろうと三人は思った。

 コクコクと頷く三人を美緒は疑わしそうな目で見ていた。


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