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異形の戦士  作者: 樹 雅
第1章 ~真紅の炎~
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8話 紫村科学技術研究所

 中心街よりも離れた山裾に、その建物はあった。

 そこは、北川と長谷川の二人が署長から聞き出した場所である。


「紫村科学技術研究所?」


 入り口の門に大きく表札が出ていた。それを読み取って二人は、顔を見合わせてしまっている。


「ここで……良いんですよね?」

「そう、思うが?」


 二人の顔に疑問が浮かぶのは仕方がない事だった。

 署長から聞き出した場所は、どう見ても民間の研究所である。警察の関係部署が民間にあるとは思えなかった。不審に思いつつも二人は中に入る。

 入り口のホールで二人を出迎えたのは、白衣を着た二十代半ばと思われる若い女性。ニコリともせずに女性は名乗る。


「当研究所の代表で紫村美緒といいます」

「所長さん?」


 戸惑いが北川の口から出た。


「ええ。そうです」


 頷く美緒に二人は絶句する。

 こんな若い女性が? 

 何かの間違いだとその顔が語っていた。


「身分証明を出して名乗って下さい」


 美緒の言葉で二人は慌てて身分証明を取り出して名乗る。そんな態度をとられる事に慣れているのか、美緒は身分証明を見てから二人について来るように促した。

 案内されたのは、実務的にデザインされたシンプルな部屋である。大振りな机と応接用のソファー。壁際には書類棚があるだけだった。

 美緒は二人にソファーに腰掛けるように伝え、自分は反対側に腰を下ろす。


「さて、お話を伺いましょう」


 その口調すら事務的であった。

 北川と長谷川の二人は、目の前の若い女性に戸惑いを隠せないまま何も言えない。


「お話があったから、ここに来たのでしょう?」

「ええ……まあ……」


 言葉を濁すしかない北川だった。


「煮え切らないわね。いったい、あなた方は何をしに来たの」


 呆れたような美緒の声に二人は瞬きをする。


「警察では手に負えない事が起きたから、ここに来たのでしょう。何も言わなければ、何ともしようがないわよ」

「…えっと、ここは特殊犯罪対策室、ですよね?」


 恐る恐ると言ったように長谷川は美緒に聞いていた。


「はぁ?」

 

 キョトンとしたような美緒の顔に、長谷川は困ってしまい北川を見てしまう。


「課長。違うみたいですが……」

「いや、だが、署長から聞いたのはここの住所だが……?」

「ちょっと待って。誰から、どう聞いたのよ」


 慌てたように美緒は二人に聞いていた。


「うちの署長に特殊犯罪対策室の住所を聞いて、ここに来たんだが……」

「ここは警察の関係部署ではないんですか?」

「違います」

「違う?」


 即答した美緒に二人は首を傾げる。

 間違いだったかと思った時に、美緒は苦笑を浮かべながら言った。


「そんなものは在りません。あなた方、警察が勝手につけた名称で、私達は民間の研究所です。ただ、まあ、警察の方が手に負えないような不可思議な事件に対しては協力をしていますが、滅多に無い事なのでほとんどの人は知らないと思いますわ」

「じゃあ、ここは何なんです?」

「ただの民間の研究所ですよ」

「………」


 言葉も無く二人は美緒の顔を見詰める。混乱してしまった二人だったが、すぐに気を取り直していた。


「……どう言う事ですか?」

「この研究所が、と言うよりも私が窓口になって、警察との交渉を行っているだけです。私の一族は退魔士なんです」


 そう言いつつも美緒は、信じられないだろうなと思っている。

現代に退魔士が存在している事は、ほとんどの人が知らないはずであり、紫村一族も表立っては動いてはいないはずだった。

 手にしていた茶封筒を長谷川は、美緒に差し出していた。


「取り敢えず。これを見て下さい」


 何が取り敢えずなのか、言わぬが花だろう。


「判りました」


 一言断わってから美緒は中の写真を取り出した。三枚の写真を一枚一枚ゆっくりと見ていく。三枚目の写真を見た時に、わずかに美緒の表情が変わった。


「なるほど。こう言う事だったんだ」


 納得したような言葉に長谷川は訝しむ。


「こう言う事とは?」

「三週間前の駅前の事で色々と噂を聞いているわ。これはその時に撮った物ですね」

「よく判りますね」


 感心したような長谷川の言葉に美緒は苦笑するしかなかった。

話はすでに妹と翔から聞いていたし、何よりも三枚目に妹が写っている。納得しない訳には行かなかった。だが、それをこの場で言う訳にも行かない事も判っている。


「噂を総合すると『バケモノが現れた』その一言に尽きるわ。この写真に写っているのは、噂通りのバケモノの姿ですからね」


 美緒は写真をテーブルの上に置いて長谷川を見た。


「これをどこで?」

「それは言えません。守秘義務です」

「守秘ね。都合のいい言葉だわ」


 途端に長谷川と北川の顔が険しくなる。険しい二人の顔に動じる事も無く美緒は微笑んでいた。


「でも、それが正解」


 今度は二人の首が傾げられる。


「これを公表する訳には行かないでしょうね。警察では、これが何なのか判らない。事情を聞くには三枚目に写っている女性を捜すしかない。捜すにしても、この写真からでは女性の顔がはっきりしないから捜しようも無い。かと言ってマスコミに公表しても警察の正気を疑われるだけね」

「これを見せたのは、ここにいる北川課長だけで、他の誰にも見せてはいません」

「なるほど、それもそうか。信じられるのは、あの場にいた当事者だけ。他の人には、何を馬鹿な事を言っているんだ。と、そうなる訳ね。でも、どうして私に?」

「さっき、ご自分で言われていたでしょう。退魔士の一族だって」

「それで、これを私に?」

「そうです。我々では、何がなんだかさっぱり解りません。だけど、退魔士なら何か判るかと思ったからです」


 長谷川の問い掛けに、美緒は溜め息を付いて首を振った。


「解からないわ。ただ……」

「ただ?」

「これは人外の者。人ではありえない」

「魔物の類ですか」


 真剣な長谷川の言葉に美緒は微笑を浮かべる。


「違うと思うわ。でも、意味的にはあっていると思う」

「自分が思っていたのは、退魔士なら相手が出来るのではないかと」

「無理」


 一言の下に美緒は否定した。ガックリと肩を落とす長谷川に美緒は言う。


「長谷川さんと言いましたね。この写真をお預かりしてもよろしいですか?」

「はぁ。それは、問題は無いと思いますが。どうするんです?」

「分析してみます」

「分析できるんですか? 写真ですよ」


 疑わしそうな長谷川に、美緒はニッコリと微笑んで言った。


「写真と言うのは、その人物や物の情報が入っているのよ。まあ、たいした事は判らないでしょうが、何もしないよりはマシ、その程度のデータは得られると思うわ」

「何か判ったら連絡をください」


 そう言って長谷川は立ち上がる。と、黙っていた北川が首を振りながら立ち上がり、長谷川の肩を叩いた。


「おまえはここにいろ。今日からこちらと我々の連絡役にする」

「えっ?」

「俺には付いていけない話だ。それが目の前に現れたとしても、いるのは認めるが魔物だとは認められんだろう。納得しろと言われても納得出来るものではない。その点、おまえは対応できるようだからな」

「はぁ……」


 気の抜けた返事をするしかない長谷川である。

 北川は、そんな長谷川から美緒に目を移して言った。


「こいつは置いていきます。こき使っていただいても構いません。我々も何か判ったら、こいつを通してそちらに伝えます。そちらも何か判ったら教えてください」

「それが、信じられず、納得出来ない事でもですか?」

「もちろんです。事実は事実として、知っておかないとなりませんから」


 思わず美緒は、目を見張る。そう言える者が警察にいるとは思わなかった。

 では、と北川は長谷川を残して部屋から出て行く。その後姿を見送ってから、美緒は長谷川を見た。


「ところで、長谷川さん」

「なんでょう」


 北川を同じように見送っていた長谷川が振り向く。


「あの場所にいたのね。そして、これを撮った」


 美緒の言葉は、問いかけではなく確認だった。

 否定しても意味が無い事を判っていた長谷川は頷いて肯定する。


「自分は非番でたまたま現場にいました。自分が出て行っても何も出来ない事は一目で判りましたよ。人間相手なら、非番だろうが何だろうが出て行きますが、さすがにあれの相手しは無理です」

「そうね。あなたが見た通りなら、人間なんて一撃で粉砕されるわね。あなたが出て行ったところで何の解決にもならないし、無駄に死ぬだけだわ。それよりも、こうして写真を撮り、見て聞いた事を話してくれた方が有益だわ」

「臆病者と言われても仕方が無いのに?」


 長谷川の言葉に、美緒は思わず微笑が浮かんだ。


「真面目な方なのね。長谷川さんは」

「からかわないで下さい」


 いいえと美緒は首を振る。ちょっとだけ、この刑事に好意を持ってしまう。


「からかってはいないわ。あなたの取った行動は正しかった。人がどうにか出来るものではない事でしょう」

「退魔士でも無理なんですよね」


 溜め息をつく長谷川を見て、美緒は勘違いに気がついた。


「ああ、ごめんなさい。さっき無理と言ったのは倒す事で、とりあえずの足止めぐらいは出来るの」

「足止め? どう言う事です?」


 ふっ、と息を付いて美緒は長谷川を真正面から見詰める。その瞳に光る意志の強さに魅せられた長谷川は、美緒が綺麗な女性だと、今更ながらに気が付いた。途端に、長谷川はドギマギしてしまう。

 一瞬にして長谷川の顔が朱に染まる。連鎖的に美緒の顔も朱に染まっていた。


「あっ……」


 同じタイミングで声がでる。おかげで二人は動けなくなってしまった。


 顔を赤らめて見詰め合う二人。

 はたから見れば、照れた恋人同士だ。


「姉さ……」


 その光景を勘違いした人物が、扉を開けたところで固まっていた。

 反射的に振り返った美緒が見たものは、驚いた表情のまま顔を少し赤くした妹と、同じような顔をした背の高い若者の二人である。


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