プロローグ 1
はじめまして
初投稿です。1話の長さがまちまちになりますがお付き合いください。
暗い闇の森で時おり、光が爆ぜる。
瞬間、闇に浮かぶシルエットは人の形をしていた。
「右だ!」
「足止めをしろ!」
若い男女の声が辺りから響いてくる。
〈一人〉を多数が追いかけているようだった。
森の中に開いた広場で〈一人〉は足を止める。
どうやら〈一人〉は、そこで迎え撃つようだった。木々の間から、錫丈を手にした一〇人ほどの男女が飛び出して〈一人〉を包囲する。
「捕らえろ」
リーダーらしき男の指示が飛ぶ。
それに答えて、周りの男女が一斉に錫丈を〈一人〉に向けた。彼らの口から韻を含んだ声が流れ出ると、錫丈の先端に光が溢れ出す。
「縛!」
気魄のこもった声とともに、光が錫丈から離れて〈一人〉に向かって行った。
光は〈一人〉に絡みつき、その動きを止める。
すかさず、リーダーからの指示が飛んだ。
「滅せよ」
ズイッと五人の男女が、包囲から進み出て〈一人〉に近づいて行く。
光に絡めとられた〈一人〉の前で一旦足を止めて、一気に〈一人〉に向かって錫丈を叩き付けた。
響いたのは金属を打ち付ける音。
そして、呻き声。
光に絡めとられたまま〈一人〉は立っていた。
「馬鹿な。我らの術が通じないのか」
陰っていた空から月の光が差し込んでくる。
月の光に映し出された〈一人〉は、人の形をしていたが人とは違う者だった。
甲殻類のような節くれ立った身体。頭部にいたっては三角形であり、触覚と想われる物がそこに蠢いていた。
口と思しきものが笑いの形に歪み、耳障りな音を立てる。
「異形め。何を笑う」
男の言葉に、その異形の姿をした者は暴力で返した。
呪縛を破って手足を振り回し飛び跳ねる。
それだけで五人の男女は、一撃の下に粉砕され弾け飛んだ。
驚愕が残りの男女の対応を遅らせる。
ほんの一瞬。
だが、致命的な遅れだった。
為す術もなく男女は異形の一撃で粉砕される。全ての男女を倒すのに、ものの一分とかかってはいなかった。
動く者が無くなった時、異形は耳障りな音を残して森の闇へとまぎれて消える。
静寂に包まれた森の中。
むせ返るような血の香りの中で、女は意識を取り戻した。
女が薄く目を開けると、夜空が目に入ってくる。
一瞬、自分の置かれた状況が判らなかった。
「……なっ……」
声とともに激しく咳き込んでしまう。
せり上がって来る塊を吐き出し、力なく頭を落とした。右足と左腕に感覚がなく、アバラも何本か折れているようで、息をするたびに痛みが走る。
痛みで思考がまとまらない女は、それでも思い出そうとしていた。
(……異形と戦って……戦って……どうなった?……)
そして、女は思い出す。
物の怪、妖かしを封じ滅してきた自分達の術が通用しなかった。
ただの足止めしかならなかった事を。
あの異形は、これまでのものとは違う。物の怪、妖かし、人外の者とは異質である事に気が付いた。
錫丈を打ち据えた時に聞こえたあの音は、金属味を帯びていた。
(……物の怪や妖かしとは違う……自分たちの術よりも物理的な攻撃のほうが……効果があるのかもしれない……だけど……術で強化した錫丈を……跳ね返す相手に……)
女は単純に重火器を思い出す。しかし、それであの異形を倒せるのかは、はなはだ疑問に思えた。
それよりも自分はこのまま死ぬのかな、そんな思いが湧き上がってくるのを自覚してしまう。
考えまいとしていたが、全身の痛みが、いやおうなくそれを思い出させていた。
自分の負った傷が、軽くはない事は理解している。辺りからは、かすかな呻き声が耳に届いてきていた。自分と同じ状況だということは、容易に想像できる。
女はゆっくりと首を傾けた。
目に入ってきた光景に、絶望感が湧き上がってくるのを止められない。上半身だけの男が、こちらを向いて事切れていた。その見開いた瞳には、もう何も映ってはいない。
女の視界がふいにぼやけて来る。
「……兄……さん……」
自分達の中では、一番力を持つ兄が死んでいた。
一族最強と言われた女にとって、優しく強かった兄は目標でもあり、近づく事を望んでいのである。
涙が溢れているのにも気がつかず、女は兄を見ていた。
(……このまま……死ねない……)
萎えかけていた気力が戻ってくる。
(……死ぬわけにはいかない……奴を……この手で……)
神でも悪魔でも何でもよかった。
命が欲しければ命を。
体が欲しければ体を。
魂が欲しければ魂を。
適わないのは判っていた。
利用できる物なら何でも利用する。
異形を倒せるのなら、女にとっては全てを差し出す理由になる。
退魔の一族の誇りが、自分のふがいなさが、自分自身さえも手段にする事を厭わなかった。
己自身をかけても見つけてみせると誓った。
そこまでが気力の限界だった。
ゆっくりと眠るように女は瞳を閉じる。
そして再び、辺りは静寂に包まれた。
お読み下さってありがとうございました。