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「だけど、浅井さん、先輩のこと一生忘れないでしょ」
「忘れない。絶対忘れない。だけど、大沢君が言ってくれたから」
「え?」
「辛かっただろうなって」
「はい」
「私、そういう言葉、初めて聞いたの」
「励まされたり慰められたり叱られたりしたけど、誰も、」
「誰も先輩がそんな風に、」
「先輩がそんな風に考えたとか、先輩が何を思ったとか、誰も」
そこまで言って、突然浅井の目に涙が湧いた。
「先輩が、辛かったなんて」
声が震えた。
「私と一緒にいたかったなんて」
それ以上は続けられなかった。
体の震えも涙も止まらなくなった。
だから大沢は浅井を膝から下ろして、震える体を胸に抱いた。
辛かっただろうなんて、考えたことがなかった。
先輩が私と一緒にいたかっただろうなんて、思いもつかなかった。
いて欲しい、幽霊でもいいから側にいて欲しい、私も連れて行って欲しい、ずっとそう思っていた。
悲しむ自分を見たら先輩が苦しいだろうとは思った。空にいる先輩が苦しいだろうとは思った。
しかし一度も、自分の側を離れる瞬間の先輩の気持ちを考えたことがなかった。
十年間一度も思いつかなかった。
それを、今初めて話を聞いた大沢君が伝えてくれた。
何故思いつかなかったのだろう。
どうして気付かなかったのだろう。
その思いこそ先輩なのに
浅井は嗚咽を噛み殺す。
大沢の言葉を聞いて、浅井の中の先輩に血が通ったような気がした。
自分は長い間、10年間も、血の通わない先輩の抜け殻を抱えていたのかも知れない。
わかっていなかったのは自分だった。
「だって、俺だったら、辛い。もう一緒にいられないことが一番悲しい」
大沢が言った。
浅井は、うん、と頷いて、また泣いた。