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「急に乗ってた自転車倒されて、私転がされて、でも立ち上がって逃げたんだけど、逃げ切れないよね。つかまっちゃって、もうだめだと思った」
……え、じゃ、俺、同じことを……
「後で気付いたけど、かなりひどく殴られたり蹴られたりしてたの。傷とか痣とかすごかったんだけど、その時は何にも感じなかった」
……じゃあ俺、許されるなんて、無理だ……
大沢の感情が一気に冷やされた。
「だから私、諦めて、相手三人だったんだけど、もう抵抗もやめてされるがままになってたんだけど」
三人……!
大沢が目を閉じた。
「そしたら先輩が、野球部の金属バット持って撃退に来たの」
大沢が目を開けた。
「だって野球部OBが野球部の備品で暴行事件起こすなんて、最悪じゃない?それも相手の思う壺だったのよ。だけど、来てくれたの」
ああ
「一気に三人とも倒してくれて、だけど野球部とか、先輩は野球の推薦で進学が決まってたし、私のせいでそれが全部ダメになると思って、」
すげーよ……先輩
「だから、私もう先輩とは、付き合えないって思ったのに、」
浅井が言葉を止めて、大沢を真っ直ぐ見下ろした。
「そしたらね、先輩私に、逃げるなって言ったの」
「逃げるな……」
大沢が繰り返す。
「そう、逃げるなって。自分に逃げるなって。意味、わかる?」
わかるはずがない。
浅井が首を傾げて続けた。
「逃げるなら俺のところに逃げて来いって」
それなら、わかる。
胸が締め付けられる気がして、大沢は目を閉じた。
「だけど結局、野球部も先輩も何のお咎めもなかった、ていうか先輩警察から表彰されたしね」
浅井が偉そうに言うので、大沢が笑う。
それに引き替え俺は、と若干沈んでいると、浅井が大沢のジーンズのボタンを外したのでまた大沢が全身に力を入れた。
「その後、先輩卒業してから一年はほとんど会えなくて、先輩は野球があったし、私は勉強があったし」
名大だもんな、と大沢が息を吐く。
「だけど我慢できたのは、先輩がね、」
先輩が。先輩が。浅井さん、どんだけ先輩が好きなんだ。
それなのに浅井は大沢の腹筋の筋をなぞっている。
「この先60年一緒にいるんだから、一年ぐらい我慢できるって言ったの」
60年、生きるつもりだったんだよな。
大沢が口を開けて息をしている。苦しいのだ。
「それで我慢できた。それで、名大に入れて、本当に嬉しかった」
だって東大蹴ったんだろ?
大沢は苦しさを紛らすために体を捻り、左手で自分の短い髪の毛を握った。