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ぞくりとして、浅井は腕を押さえた。
バーテンの独り言は予想していた言葉だったのに。
ただその言葉を口にした時のバーテンの表情に、まるで電流が走ったかのように一瞬痺れた。
バーテンの顔に、わずかに怒りが見えたのだ。
怒り
何に対する?
わかってもらえないことへの怒りだ。
理解されないことへの怒り。
諦めたつもりの怒りがまだ燻っている。
諦めたつもりの、理解への切望。
どうしてわかってくれないんだ。
その怒りをまだ胸の奥に秘めている。
諦めてはいない。
彼は解ってくれる誰かが欲しいのだ。
それが恐らく、君島君。
バーテン君が何を抱えているのか知らないけれど、本当は君島君に理解して欲しいと思っている。
じゃなきゃ、あんな怒りの表情はできない。
ああ、嫌だ。
それは、私も一緒だ。一瞬でわかってしまった。
先輩を心の奥底に沈めたいなんて大嘘だ。
それはまた先輩を死なせることだ。
浅井は両手で顔を覆った。
私は何てことを考えていたんだ。
そんなこと、できない。
だけど、無理。
だって、わかってもらえない。
誰にもわかってもらえない。
だから諦めたい
諦めたいのに
『何がそんなに怖いのさ?』
そう、怖いの。
わかってもらえないってことを、決定的に知らされるのが怖いの。
だから諦めたいのに、諦めたはずなのに。
「あの。大丈夫ですか?」
バーテンの低い声が聞こえた。
浅井が、はっと顔を上げた。そして自分のグラスを見下ろし、空になってたのでまたホワイトレディを頼んだ。
そしてまた考え続けた。
どうしたらいい。