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浅井はバーをぐるりと見回した。
そういえば恐らく、ここも最後になる。
今日で二度目だけど、これでおしまいか。
そしてまたバーテンが目に入る。
君島に一生付き合おうと思われているバーテン。
私はこの街で10年も暮らして、何も得ずに逃げようとしている。
この子たちは、ここに来て2年足らずで生涯の友人を得たのね。
あ、違うか。君島君だけか。
ギムレットの最後の一滴を舐めてからため息をついた。
目を上げるとバーテンと目が合った。
だから、頬杖をついたまま、XYZをオーダーした。
はい、と答えてまた手際よく仕事に入る。
いいなぁと思った。
羨ましいなぁと。
何がかははっきり分からないが、二人が羨ましい。
多分私は酔ってきたのだ。
浅井は熱くなってきた頬を手の平で包み、目を閉じた。
コトンと音がして目を開けると、もうカクテルが置かれていた。
見上げると、バーテンが無表情に見下ろしている。
グラスの足をつまんで、バーテンに訊いた。
「君島君が嫌いなの?」
「はい」
即答された。
酒を一口飲んで、教えた。
「だから、君島君に好かれてるのよ。知らないの?」
そしてバーテンを見上げた。
「あの子、自分を嫌いな人が好きなのよ」
バーテンは少し目を見開いて驚き、その後顔を顰めて片手で頭を抱え、果てしなく嫌な表情をした。
酒をもう一口飲んで、追い討ちをかけた。
「君島君に嫌われたいなら、方法は一つしかないじゃない」
顔を顰めたままバーテンが目を向けた。
「彼に好きだって言うの」
浅井は真面目な顔をして、指を一本立てて断言した。
バーテンは両手で頭を抱えて俯いた。
浅井はものすごく楽しい気分になり、笑顔でもう一口飲んだ。
「あれ?」
と、バーテンが、まだ50%ほど嫌な表情を残したまま浅井を見下ろして訊いた。
「じゃ、あなたは君島に何て言ったんです?」
「私、嫌いだって言っちゃったのよ」
「やっぱり嫌いなんじゃないですか」
「そんなことないわよ。いろいろと事情があるの」
浅井がそう言ってカクテルを飲み干して次を頼む。
「ウォッカベースのこういうの何て言ったっけ?」
「バラライカ」
「それ」
「はい」
バーテンが仕事に戻る。
一人のお酒も楽しいじゃない。
あ、違う。バーテン君が相手してくれてるからか。
酔っ払いらしく、浅井の思考がどんどん遅くなる。