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浅井がくすっと笑った。
怖いなんて……。
そして話題を変えた。
「そういえばあなた、どうしてこんなところにいるの?」
「え?あ、僕ね、もうすぐ5時からそこの公民館で道場。本当は金曜日はフリーなんだけど、指導者がちょっと都合でいないとかで僕ヘルプなの」
「え?」
言っている意味がさっぱり解らない。
「あ、言ってなかったっけ?僕、少林寺拳法の有段者なんだよ。道場で練習というか今はもう指導的立場でね」
あ。だから、あの時の獣のような姿……。
そうだったのか……!
「だからさ。段持ってるからあんまり街で暴れちゃいけないんだよね。ごめんね。彼氏蹴っちゃって。でも手加減はしたよ。あ、彼氏じゃないのか」
「そうだったの」
「浅井さんには謝るけど、あいつには謝らないよ。僕の顔をからかうヤツはいつでも殺してやるつもりで僕は強くなったんだから」
一瞬、君島の目付きが鋭くなった。
「時々、どうして法律なんかあるのかと思っちゃうよ」
こんなに美しい子も、そんなにもがいているのかと思った。
外側から見ただけじゃ、何にもわからない。
あなた自身がそうじゃない。
浅井は心の中で君島に語った。
気付けばバーテンも姿を消していた。
君島ともこの公園で別れることにした。
最後になるかも知れない、とは考えないようにした。涙が出るから。
浅井はまた一人で街を歩いた。
最後になるかも知れない町並みを記憶するようにゆっくりと歩いた。
有名なフランチャイズの喫茶店で独特の濃いコーヒーを飲んで時間稼ぎもした。
夜になったらバーテンの店に行こう。
『なにがそんなに怖いのさ?』
怖い?怖くなんかない。
諦めてるだけ。
どうせわかってもらえないのだから。
バーテン君もそう言うはず。
私と似てるっていうならね。
しばらくそこで過ごし、夕焼けが消えてから店を出て歩き出した。
夜になってまた気温が下がり、首が寒い。