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公園の木々の間からグラウンドが見えるが、そのグラウンドの木々の下に所々ベンチが設置してあり、君島の指差す先のベンチにだけ人がいた。
腰をかけているというか、両足まで乗せている。
「浩一はね、ネコが好きなんだ。多分、てか絶対、人間よりネコが好きなんだ」
確かに横に置いたヘルメット、着ているブルゾンがバーテンのものだ。
「あれね、餌付けしないで懐かせるんだって。挑戦してるの」
ベンチの下には、小さなネコらしき姿がもぞもぞと動いているように見える。
「見えないけどさ、絶対人間には見せない顔を、ネコには見せてる。それがさ。腹が立つ」
バーテンは身動きせずに、じっとネコを見下ろしている。
「きっと見たこともないような優しい笑顔とかでネコ見てるんだよ?僕なんか睨まれたことしかないのに」
うっかり浅井は笑ってしまった。この前の二人の様子では、きっとそうなのだろう。
「あなたたちってどういう付き合いなの?バイク仲間かと思ったら違うってバーテン君は言ってたし・・・」
「バイク仲間?僕バイクなんか乗らないよ。僕らは高校が一緒だったの。ただこっちに来るまでほとんど口きいたこともなかったけど」
「同級生」
「そう。横浜からこっちに進学するってそう多くないからさ。だから嬉しいじゃない?普通?知り合いがいるってさ?でも浩一はああなんだよ」
「面白いね」
浅井が笑った。
「面白くない!だからね、浩一研究が僕の最近の趣味なんだよ。最近の研究の成果が、バイト前にあそこでネコ見てるってことだけなんだけど」
やはり浅井は、さらに笑った。
「笑い事じゃないんだよ、浅井さん。こっち来てからの付き合いはもう1年越えてるのに、僕何にも知らないんだよ。浩一は僕のことほとんど知ってるのにだよ?」
「だって君島君、酔っ払って電話するのがあのバーテン君なんでしょ?そりゃもう何でも知ってておかしくないわよ」
やはり笑いながら浅井が言った。
「ああ!それ言わないでよ!僕だって浩一の弱味をつかみたいのに・・・」
君島が頭を抱えた。
「なんとかして、調べ上げるんだ。だって、親とか兄弟とか友達とか、全然わかんないんだよ。趣味がバイクとネコってだけ。悔しいよ」
すっと、浅井の頭が冷えた。
「あれでいいじゃない。ネコ好きで寡黙なバーテン。隠してることなんて彼の一部でしかないわよ」
君島がちらりと浅井を見上げた。
「よくない。僕は浩一と一生友達でいようと思ってる。だから、一部だろうと二部だろうと知っておきたい」
「隠していることを暴いたって、彼を知ることにはならないわよ。外側の出来事を知ったって彼の内面なんかわからないんだから」
「それでも知りたい。言ったでしょ?一生付き合うつもりなの。それには必要だと思わない?」
「思わない」
君島が浅井をじっと見詰める。そして首を傾げてため息。
「多分、浩一もそう言うんだ。似てるんだよね、浩一と浅井さん。そのハードボイルドなしゃべりかたとかさ。
浅井さんも何か、隠してる?」
何も言わずに君島を見つめ返す。
「何がそんなに怖いのさ?」
君島がそう言った。