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浅井は、丈の短いダウンジャケットを羽織り、膝丈のタイトスカートをはき、ヒールのショートブーツで部屋を出た。
メガネではなくコンタクトで、髪も縛らずに流して。このロングヘアも今日が最後なのだ。
行きつけの美容院はやめた。どこか遠くの縁の無い場所の大きな美容院で一度っきりの客になる。
地下鉄に乗ると斜め前に立つ背の高い学生がヘッドフォンで何かを聴いていた。
なんとなくバーテンを思い出して笑った。久しぶりに、笑った。
『俺が不愉快だったから』
あのバーテンにももう会うことはないのかも知れない。
浅井は、きゅっと唇を噛み、降りる駅を決めた。
バーテンの大学、浅井の母校の、最寄り駅。
地下鉄を降りて階段を上り、通りをぐるりと見回してみる。
一度目に目の端にとまった遠くの看板を二度目にガン見した。
「BeautySalon.FogrestIn」
あれ?なんだっけ?なんとなく聞き覚えが……?
思い出せないが、これも何かの縁だろうとそこまで歩くことにした。
自分が学生だった頃とは大きく街も変わっている。
そりゃもう10年も経ってるんだから……。
しばらく歩いてそこの入り口の前に立つと、待ってたかのように中から若いお兄さんが「いらっしゃいませ」とガラスの扉を開いた。
通り側が全面ガラス張りで、クリスマス模様にスプレーで絵が描かれている。
う~ん。新しくて若向け……と浅井は一瞬躊躇った。
「今日はどうなさいますか?」
とお兄さんが、中へどうぞと腕を開き、にっこり訊いてきた。
今日はって、初めてなのにと思いながらも浅井もつられてにっこり笑ってしまった。
ま、いいか。ここでばっさり行こう。
「ショートにしたいの」
「ええええっ?!!!」
お兄さんが声をひっくり返した。浅井も驚いたが、奥で店長らしき人も驚いたようで飛び出てきた。
「いえあの、こんなロングのお客さんがショートにしたいっておっしゃるもんだからつい・・・」
お兄さんの説明に、店長らしき中年前くらいのおじさんが、ほほ~となにやら嬉しそうに頷いた。
「ショートと言いましてもいろいろとバージョンがありますけど、誰っぽくとかどんな感じとか希望はございます?」
「あんまりよくわかんないんですけど、くせ毛なので短くすると巻いちゃうのが気になるので、」
「いっそパーマかけましょうか」
「パーマもかからない軟弱な毛なんですけど」
「じゃ縮毛矯正でストレートにしましょう」
「まっすぐになるんです?」
「なるんです」
とりあえずこちらへ、と大きな鏡の前の座席に案内された。