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翌朝薔薇の匂いの消えた浴槽を洗い、久しぶりに入浴した。
久しぶりに食事も作った。
久しぶりに鏡を見て、やつれた自分に驚いた。
私が食べさせなきゃ死ぬね、あんたは。そう鏡の中の自分に言った。
死なないけどね、そう簡単に。
大丈夫。私が食べさせるから。
先輩が守ってくれないんだから、私が守ってあげるわ。
こんなふうに自分は立ち直ってしまう。
狂うこともできない。
いいんだ。それならそれで生きていく。
独りだって生きていく。
先輩を抱えて生きていく。
だけど今日、先輩の好きだった私の長い髪を切る。
私は独りで生きていくから先輩にも変わってもらう。
もう、先輩の好きだった私じゃないからね。
だって先輩だってもう私を守ってくれないからね。
お互いそうやって変わって、残ったものがきっと大事なものなんだ。
変わった二人の過ぎ去った過去なんてもう誰にも解らない。
だから誰にも先輩のことは話さない。
誰とも話さない。
先輩をもっと奥深くに沈めるために、浅井は自分を変えることにした。
そしてまた全てから逃げる準備を始めようと思った。
会社も辞め、ここも引越し、全部捨てる。
先輩以外。
それからふと、なぜ大沢があそこで止まったのかと疑問が湧いた。
彼も酔っていたし、自分も薄着だったし、簡単だったはずだ。
思い出して浅井は少し震える。
なにが彼を止めたんだろう。
部屋をぐるりと見回した。
目についたのは、床に落ちている赤い塊。
あれだ。
浅井は確信を持って頷いた。
あれを見て、大沢君は止まった。
浅井は、ため息をついた。
それで許せるものではないけれど、あれで衝動を止めた大沢が少しいじらしい気がした。
それでも許すつもりはないけれど。