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もういない。強い先輩はもういない。どこにもいない。いない。
薔薇の香りの薄くなった寒い浴室で、浅井は立てずにバスタブに頭を乗せている。
ここでこのまま凍死できたらいいのに。
着ている上着を脱いだ。
大沢にひっかかれて赤く筋ができている。
先輩。やっぱり怖いです。
先輩が守ってくれないと、私は怖くて生きていけないです。
涙が次々と溢れた。
迎えに来てください。
浅井は泣きながら、寒い浴室で上着を脱いで濡れた床に座ったままバスタブに頭を預けて一晩明かした。
大沢は夜半過ぎに自分の部屋に戻った。
それから携帯を取り出して、栗尾を忘れていたことを思い出して慌てて電話したが、留守電に繋がった。
少し悪いことをしたとは思ったが、浅井にしてしまったことを思えば栗尾の誘いをすっぽかしたぐらいたいしたことではないと大沢は思った。
だからすぐ栗尾のことを忘れた。
明日からどうやって浅井に謝ればいいのか、そればかり考えていたが、さすがに飲みすぎていたので寝てしまった。
そんな大沢の事情など預かり知らない栗尾は、バスルームから出ると姿を眩ました大沢に怒りを覚えて何度も携帯に連絡したがじきに電源を切られ、その後には怒りのあまりにまた探偵に連絡して、浅井の部屋を張るようにと頼んだ。料金ははずむと。
栗尾にとってこんな屈辱は初めてだった。
自分がお膳立てした食事と酒とベッドの最後の最後で逃げられるなんて、こんなこと何かの間違いだ。
間違いだ。嘘だ。
嘘だ。
嘘だ。