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胸がギュっと熱くなった。
下の名前を呼ばれるのは初めてだった。
「鈴乃。君は悪くないよ。全然悪くない。あいつらが全部悪い。200%あいつらが悪い。鈴乃は何にも悪くないよ」
こんな時なのに、嬉しい自分に浅井は混乱した。
だからやはり首を振って、答えた。
「悪い……。私が、いるから……」
そう口に出すと涙がこぼれそうになった。
「私、もう先輩に、」
涙の堰が切れそうだった。
その時に、先輩が言った。
「逃げるな」
逃げるな?
浅井はびっくりして先輩を見上げた。
「そっちに逃げるな。自分に逃げるな」
そっちに逃げる?
自分に逃げる?
私、逃げてる?
自分に?
自分に、逃げる?
「逃げるなら、俺のところに逃げてこい」
浅井はやっぱり意味が分からず、眉を顰めた。そしてその途端に涙の堰が切れた。
その涙を見て先輩は友人を押しのけ、浅井の頭を抱えた。
苦しい。痛いよ、先輩。
そう思いながら、そうかこの力に守ってもらえばいいんだと思った。
「俺は強いよ」
先輩がそう言った。
そうか。強い先輩に守ってもらって泣いててもいいのか。そう理解した。
だから先輩のシャツの胸あたりを掴んで、言った。
「うん。逃げる。先輩に」
浅井は泣きながら、とても幸せだった。
先輩がいればずっと幸せなんだと思った。