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JOY  作者: co
第1章・キャメルの天使
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 呼吸も瞬きも忘れた。店員は口を閉めるのも忘れている。

 やっと息を吸って、浅井が言った。

「……つまり、……」

「つまり僕は男です。別に構わないけどね。間違えられるのは慣れてるから」

 少女、ではなく少年が、浅井の声に被せるように言った。


 まだ信じられずに、浅井はその姿を凝視する。

 伏せた睫毛は恐ろしく長いのに、そしてその声はとても高いのに、


「スカートはいてるわけでも、化粧してるわけでもないのに、間違えられる」

 赤い唇で笑みを作り、彼は続けた。ただその目は笑っていない。

 そうか、笑い事じゃない。私は彼を傷つけたのだ。悪気なんかなんにもなくても、彼は傷ついたのだ。


「ご、ごめんなさいね、私ほら、メガネ割ったから見えなかったし、ね、」

「あはは。そっか。それ結局僕のせいか!」

 彼の本当の笑顔になった。まるで花が咲いたように店内が明るくなる。

 だからといって彼を傷つけたことに変わりはない。彼が傷ついていることに変わりはない。

「ごめんなさい、私本当にそそっかしくて、」

 申し訳なくて浅井は謝り続けていた。


 それを聞きながら、笑顔の少年は目をくるりと回して、浅井に提案した。


「じゃ、お詫びにこの後僕におごらせて」


 何?と浅井が目を上げた。

「だってコンタクトだって弁償できなかったし、僕の立場がないよこれじゃ」

 少年は笑顔を一瞬で崩して唇を尖らせた。そしてその顔もこの上なく可愛らしい。

 思わず浅井も微笑んでしまった。そしてそれが了承の合図になったらしい。

 少年はキャメルのダッフルコートのポケットに両手を突っ込み、また花が咲くような笑顔を見せた。

「じゃ、どこに行こうか!晩ご飯はもう食べたの?」

 少年がさっそく扉を開いて外に出ようとするので、白衣の店員が慌てて浅井にレンズの箱を入れた袋を渡した。

「本日初めての装着ですので、なるべく長時間はなさらないようにしてください」

 あ、はい、と答えようとする浅井と同時に少年が言った。

「お酒は大丈夫?お酒がいいね!どこにいこうか!」

 えっ?!と浅井が少年に顔を向けると、続けて少年が言った。

「言っておくけど、僕もう成人だからね。とっくに二十歳なんだ。二十歳のベテランなんだからね」

 そうは見えない、という言葉を押さえつける強調。

「四月に二十歳になったのに誰もお酒に誘ってくれないんだ。ね。お酒の店、どこか知ってる?」

 くるりと回って笑顔で訊ねてきた。やはり浅井も笑顔になってしまう。


 二十歳に見えないことを本人も知っているのだ。

 だからと言って、ねぇ。お酒を飲む権利はもう持ってるんだもんね。

 しかしお酒の店ってまた大雑把なリクエストだわ。



 そう考えて笑っていた浅井の顔が固まったのはその直後だ。



 正面から、課長が浅井に向かって歩いてきていた。

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