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浅井が高校二年生の冬、先輩と付き合い始めた頃に、一人で下校途中に他校の男子生徒に襲われたことがあった。
浅井を狙ったというよりも野球部元主将で引退後とは言え暴力事件を起こせない立場の先輩を狙ったものだった。
相手が三人で逃げ切れず、殴打されて気力も萎え果て、大木の下で仰向けにされ制服を引き裂かれた。
怖くて痛くて苦しくて恥ずかしくて、
こんなこと早く終わればいい、と抵抗を止めた。
その時、先輩が金属バットを片手に飛び込んできた。
まず浅井の上に四つん這いになっている男を蹴り倒した。浅井の肩を押さえている男の顎をバットで突き倒した。
そして、血だらけで自失している浅井を見て一瞬息を飲み、すぐに制服の上着を脱いで浅井の体に掛けてから、逃げた残りの一人を追走した。
間もなく先輩に浅井の危機を伝えにいった友人たちが駆けつけて浅井を抱き起こした。
遠くから声が聞こえた。
お前!野球部なんだろっ!通報すっからなっ!高野連ってとこにっ!
ぞっとした。
浅井の頭がやっと動いてきた。
先輩、こんなことしたら、大学だって野球の推薦なのに、
そしてまた声がした。
やれよ勝手に!通報ならとっくに警察にしたわ!逃げるなよ!
先輩……!私のせいだ……!
じきに野球部の後輩や友達が集まり、先生も来て、パトカーのサイレンも聞こえてきた。
最後の一人を友人に預けて、先輩がうずくまっている浅井の前に走ってきてしゃがんだ。
浅井は顔を上げられなかった。
自分が先輩の未来を壊したのだと、謝りきれないことをしたのだと、怖くて顔を上げられなかった。
「浅井さん」
先輩が肩に触れた。
びくりとしたが、さっきの男たちとは違う優しい触れ方で、この優しい人の未来を私が壊した、と、浅井は考えるほどに絶望した。
「浅井さん、怪我は?」
浅井は首を振った。
もういいんです。先輩、私なんかに関わらないで。
浅井は首を振り続けた。
その時、友人が浅井の前にはだかり、怒鳴った。
「須藤先輩、やめてください!浅井はもう怖いんです!男全部が怖いんです!怖いんです!」
その言葉に驚き、浅井が顔を上げ、先輩は間髪入れずに返した。
「男全部?俺もあいつらと同じだってのか?」
先輩の目がぎらりと光っていた。
浅井はさっきとは違う意味で首を振ったが、先輩が顔を向けたのでまた下を向いた。
「浅井さん、もう大丈夫だよ」
浅井は下を向いて首をふりながら、ごめんなさい、と言った。
「もうやめてください!」
友人がさらに先輩と浅井の間を妨げる。
「ごめんなさい」
体が震えているせいで浅井の声も震える。
震える声で、ごめんなさいごめんなさい、と繰り返した。
先輩は少し沈黙した後、言った。
「鈴乃」