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大沢の両手から力が抜けた。
それを見逃さず、浅井がその両腕を両手で跳ね上げて大沢の体の下から抜け出し、転がるように部屋の隅まで這っていった。
「……俺、」
大沢が逃げた浅井に目を向けた。
浅井はがたがたと震えたまま体を丸めて壁に寄りかかっていた。
「浅井さん、」
大沢が手を伸ばしてきたので、浅井はとっさに座り込んで両手を床について、その間に頭をつけた。
そして震える声で言った。
「お願いします。帰ってください」
小さく丸くなって土下座をしている浅井の体が、目に見えるほど震えている。
その悲壮な姿に耐えられずに、大沢はドアを開けて外に出て、そこでずるずると腰を落として頭を抱えた。
赤い、マフラーだって……?
頭がガンガンして大沢はそれ以上考えられない。
酔っているせいでそれの何が衝撃なのかもよくわからなかった。
赤、なら俺の色、なんだろう。今日だって赤のブルゾンだ。
あれは、クリスマスの準備……。俺へのプレゼント。
だから赤のマフラー。
大沢が顔を上げた。
その浅井さんに、俺は何をしようとした?
嘘だろ。なんでだ。
どうしても考えがまとまらない。
しばらくして後ろで部屋の鍵が掛けられる音がした。
そうだ。俺は浅井さんに拒絶された。それはでも、俺のせいだ。それだけはわかる。
謝るしかない。俺のせいだ。
頭を振って、立ち上がった。
換気扇から花の香りが薄く匂っている。
浅井の体の匂いと同じだと気付き、大沢は激しく後悔した。
浅井さんはまさか俺がこんなことするなんて思いもせずに、風呂に入ってたんだろうと思った。
俺は、許してもらえるんだろうか。
自己嫌悪と絶望で大沢は立ちすくんだ。
震える体をやっと自分の意思で動かせるようになり、浅井は立ち上がろうとしたが震える足が体重を支えない。
這って玄関まで行き、シューズボックスに手を掛けてそれを支えにドアの鍵を閉めた。
まだ足が立たない。
浅井はそのまま這って風呂に向かった。
あそこに行けば、まだ薔薇の香りが残っている。
先輩が残っている。
先輩が待っている。
そして浴室のドアを開けた。
薔薇の香りは残っていた。
だけど、クリアになった浴室には誰もいない。