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嫌だ、嫌だ。声も出せずに浅井は何度も首を振る。
もうこんなこと嫌だ。
首筋に吸い付く大沢から強い酒の臭いがする。
嫌だ。動けない動けない動けない。嫌だ嫌だ嫌だ。もうはやく、
こんなことはやく、終わってしまえばいい。
そうやってあの時も絶望した。
その記憶がフラッシュのように蘇った。
「……先輩……」
声と息の間の掠れた音が漏れた。
それを聞いた大沢が弾かれるように腕を立てて浅井を見下ろした。
「やっぱり、そうなんだろ!忘れてねぇんだろ!なら最初からそう言えよ!」
浅井は怒鳴り声に目を閉じてまた体を固める。
「事故で、命がけで助けられたんだって?野球部のキャプテンに?」
どうして、知ってるの。
浅井は唇を噛む。
「忘れられないよねぇ。ムリだよそんなの。それじゃさ、あのチビ、何?バーテンは何?」
大沢がまた両肩を強く押さえる。
浅井はまた強く目を閉じる。
先輩……
「からかったの?バカにしたわけ?俺を!」
嫌だ、嫌だ。浅井が首を振る。
また大沢が手を浅井の体に滑らせる。
「どうせ最後にはその先輩のこと持ち出して、俺を、」
浅井が抵抗して拳を持ち上げた。
それにちらりと大沢の視線が奪われた。
そして、視界の端に部屋の奥の壁際の、赤い塊を捉えた。
浅井の両肩を押さえたまま、視線がしばらくそこに留まった。
赤い、何か、毛糸?
編みかけの、何か、赤の、
赤い、編みかけの、マフラー?
大沢君は赤が好きなの?
まぁ、はっきりした色だから好きかな