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大沢の腕を両手で掴んでしなだれかかったまま、栗尾はホテルへの通路を間違わずに進み、フロントを素通りしてエレベーターの前で止まってボタンを押した。
チェックインは済ませてあるんだな、と、大沢は訊こうと思ったがやめた。
酔っているせいなのか、栗尾の態度にいらいらしている。何が、とまでは突き詰めていないが、なんとなく腹が立っている気がしている。
無言のままエレベーターに乗り、47階で降り、そこからすぐの部屋を栗尾がカードキーで開けて先に入った。
そして電気をつけないまま窓際まで走り、大沢を呼んだ。
「早く来て!下を見て!」
何が見えるかは分かっていたが、想像以上に美しい街の夜景だった。あちこちのクリスマスイルミネーションがさらに光を増しているせいもある。
「素敵よねぇ……」
栗尾が大沢の腕にもたれかかった。
大沢はしばらく夜景に見惚れていた。
栗尾がしびれを切らして、ねぇ!と大沢の腕をひっぱりその顔を向けさせ、そして爪先立ちをしてその首に腕を回し、キスをした。
ああ、と大沢が栗尾の腰に手を回そうとするとそれをひらりとかわして、栗尾が笑った。
「まずはお酒なんでしょ!バーコーナーがそこにあるわよ!」
栗尾の指差した先の棚には、ミニチュアコレクションのような酒のボトルが並んでいる。
「それか、ビールにする?」
栗尾が手馴れたように、棚の横の扉に内蔵された冷蔵庫を開けてビールを取り出してみせた。
それでいい、と大沢が手を差し出すと、栗尾がプルトップを開けて持ってきた。
「どうぞ」
とまた接近して爪先立ちをしてキスをして、またひらりと離れて笑った。
大沢は、からかわれているようでやはり腹が立った。
だからまた窓を向いて夜景をみながらビールを飲んだ。
すると今度は、背中に抱きついてきた。振り向くとまた逃げた。
さすがに、怒りが顔に出た。それを見て栗尾がさらに笑って、
「私先にお風呂に入るわね!酔ってそのまま寝ちゃうと大変だしっ!」
そう言いながら上着を脱ぎ始めた。そしてスカートに手をかけた。
「なんて!ここじゃ全部脱がないって!あはは!」
そう笑いながらバスルームに消えた。
夜景を見下ろし、ビールを一気に半分飲む。
はぁ、と一息ついて口を拭い、怒りを静めようと試みた。
酔ってるんだ。腹なんか立てるな。栗尾のペースになんか巻き込まれない。
俺は俺だ。
俺のペースでやる。
そしてビールの残りを一気に飲み干した。
この夜景。こんなに小さい街であんなに小さな会社で、小さいことでガタガタして。
俺はどんだけ小さいんだ。
てか、そんなことを忘れさせる高さだな、ここは。
俺は全てを見下ろして酒飲んでんだな。
全てが俺の下にあるんだ。
そう思いついて、大沢は笑い、またビールを一本冷蔵庫から出した。
浴室では栗尾が、ラベンダーのバスソルトでゆっくりと湯に浸っていた。
ちょっと挑発したから、案外待ちきれなくて大沢君、ここに飛び込んで来ちゃうかも、と楽しみにしている。
そうじゃなくても楽しみが一つある。
あの話を、今夜絶対教えるの。
あの美しい話を、汚してしまおう。
一言でいい。私が詳しく知ってるのもおかしいものね。
ねぇ、あの人、浅井さん?
高校生の時、集団レイプされたんですって。可哀想ね。私だったら生きていけない。