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JOY  作者: co
第6章・ピンクの球
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 そしてまた病院で目覚めた。

 夢なのか現実なのか分からなかった。

 ただ、夢でも現実でももう先輩はいないのだと思った。


 あなたに比べたら私の不幸なんか不幸じゃないわ、と言われた。

 もっと不幸な人は世界中にいるのよ、と言われた。

 あなたが後を追ったら先輩は何のために死んだの、と言われた。

 あなたが他の人と幸せになることを先輩も望んでいる、と言われた。


 始めは意味がわからなかった。

 先輩を失ったと頭が受け入れた後はしばらく、言葉が理解できなかった。言葉という概念も失った。失ったということも分からなかった。

 何もかもがわからなかった。


 悲しい、という意味もわからなかった。


 やっと、他人が同情している、私を憐れんでいると気付き始めたとき、浅井は反射的に拳を握り、血が滲むまで爪を手のひらにくい込ませて、溢れそうになる涙を止めた。


 人前では一度も泣かなかった。


 口の中が血だらけになるまで唇を噛み締め、手の平に血豆ができても拳を握り締め、涙を堪えた。

 自分でも理由はわからなかった。

 もう死のうとは思わなかった。


 そして同情の声が次第に引いていった。

 逆に非難の声が聞こえてきた。

 先輩の親友には直接言われた。

「須藤のために、少しぐらい泣いてやってもいいんじゃないの?」


 先輩のために


 その言葉で浅井の強張った心が溶けかかり、初めて人前で涙を落としかけたが、その親友は気付かず続けた。


「事故は須藤のせいかも知れないけど、君を庇って死んだのにその君が泣いてもいないなんて、須藤が可哀想だ」


 その言葉で涙が引いた。

 その言葉でやっとわかった。


 絶対に同情されたくなかったのだ。


 先輩を失って浅井が泣き崩れるのが当たり前だと誰もが考える。

 こんなに早く逝ってあなたを悲しませて、と続く。

 先輩があなたに不幸で悲しい思いをさせている。

 浅井が泣くとこれを肯定することになる。

 先輩が浅井を不幸にしたと、肯定することになる。


 そんなことは絶対認めない。


 自分はそれを初めから知っていたのだ。だから泣かなかった。

 自分への同情は先輩への非難だ。それが許せなかった。

 それなら自分が罵られた方がいい。だから泣かなかった。


 浅井はまた、唇を噛んで微笑んだ。

 当然、親友は激怒した。

 それでいい、と浅井は思った。

 私に同情して先輩を責めないでください。

 私を罵って先輩に同情してください。

 薄情な彼女を持って可哀想に、と。


 それが先輩のために浅井ができる唯一のことだと思った。

 もう何一つ先輩のためにできることはないと絶望していた浅井には、それが唯一の光だった。


 だから笑った。

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