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タンデムシートとは言え、バイクには生まれて初めて乗る。
本当にめちゃくちゃ飛ばしている。容赦ない。
自力で体勢を維持、なんて不可能だ。
シート横についてるグリップとかいう取っ手を掴んでいても、絶対振り落とされる。
というか、振り落とす気じゃないだろうか。
死ぬ。風圧に耐えられない。落ちる。
ごめん。
と、結局浅井はバーテンのブルゾンの脇を握った。
その途端少しスピードが緩み、反動でうっかりバーテンの背中に頭突きをした。
その後は比較的速度を落としたようだ。
10分ほどで学生アパートらしき小さな建物の前に到着した。
バーテンが肩越しに浅井を睨み、降りて下さい、と言った。
そう言われても、ガチガチに体に力を入れていたので簡単には体が動かない。
ごめん、とヘルメットの中で呟いて、やはりバーテンの肩に掴まり、よれよれと地面に降りた。
ああ、すごかったなぁ……。
怖かったけど結構爽快なものだわ。うん。いいストレス解消になりそうだ。
と冷静なつもりでヘルメットを外そうとして、グローブを嵌めたままだったことに気付き、まずグローブ脱がなきゃ、と笑って片方外すと、その手が震えていた。
その手を見て、さらに笑えた。
すごい体験だわ。バーテン君のおかげで。
とバーテンを見上げてから思い出した。
「あ!君島君だった!」
完全に用件を忘れていた。
「206。ドア開いてるので行ってください」
「え?」
開いてる?なんで?で、あなたは?行かないの?と訊く前に、
「俺はここでたばこ吸ってます。時間ないですよ」
と言われ、改めて自分の用件を思い出し、バーテンにヘルメットとグローブを渡して走り出した。
一応チャイムを鳴らしてからドアを開け、君島君?と中に呼びかけた。
返事がない。
勝手に靴を脱いで上がり、1Kの奥のドアを開けた。
きれいに片付いた部屋の、右側半分を占めるベッドに君島はうつ伏せで寝ていた。
「君島君」
もう一度呼ぶと、君島が顔を上げた。
また目と鼻を赤くしてぼんやりしている。
次の瞬間その目をバチっと開き、ガバっと上半身を起こした。
「浅井……さん」