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12月に入れば街中はクリスマス一色で、イルミネーションが華やかだ。
長い黒髪を一つに縛り、黒いロングコート、黒いローヒールで歩く自分が異質な気がする。
そう思いつき、浅井はくすりと笑った。
ビューティーサロン・フォレストイン。ステキな屋号の美容院ね。
私は近所のおばさんが一人でやっている屋号も覚えていない美容院に半年に一度くらい、長さを揃えてもらう程度しか髪はいじらない。
先輩が好きだって言った長い髪だからね。
だからクリスマスも関係がない。楽しいイベントじゃなくなってもう10年も経つ。
特に、一生誰も愛さない!とか、独身を通す!とか、強い決意があったわけではないのだが、そういう予感はあった。
あれ以上誰かを好きにはなれないだろうと思う。
それでいい。
この先ずっと一人でも困ることはない。貯金もしているし保険にも入っている。それ以上はこのご時世、考えても意味がない。
そう考えて浅井は顔を上げて改めて周囲を見回した。
それにしても年々街は華やかに賑やかになっていく気がする。
ショーウィンドウの中もものすごいことになっている。
赤いミニのサンタ服を着たマネキンの周りを、本物の子犬が小さなソリを振り回して走り回っている。
嘘……、と驚いて浅井はウィンドウに近づいた。同時に
「あっ!」
と、甲高い声が聞こえた。
直後に誰かが肩に強くぶつかってきて転びそうになったが、なんとか堪えた。
が、足元でパリンと音が聞こえた。
また、あ、と甲高い声が聞こえた。そしてその声が続けた。
「……ごめんなさい……メガネ……踏んずけちゃった……」
少しの間、浅井は呆然とした。
裸眼の視力はほとんどないのだ。
「ごめんなさい、どうしよう……」
浅井の足元でメガネの残骸を拾っているらしい声が聞こえる。
「あの、スペアって持ってますか?」
「持ってきてない……家にはあるけど……」
「近くのメガネ屋さんじゃ……」
「だめなの。レンズが特殊だから、」
「ですよね……すごく厚いですよね……あ、あの、それじゃ、」
声が浅井の顔の高さまで登ってきた。浅井は女子としては長身なので、この子も割りと大きいのね、と思った。しかしそんなことが、声を聞かなければわからないという状況が、怖い。
見えないなんて。こんな雑踏の中でメガネを失うなんて考えたことがなかった。
一歩も歩けない。
段々本格的に恐ろしくなってくる。
これじゃ、家にまでも帰れない……。
「コンタクトじゃだめですか?一時的にならそんなにしっかり合わなくても大丈夫って聞きました」
「私コンタクトしたことない……」
「みんな最初は初めてです!弁償しますから、使い捨てのコンタクトなら安心でしょ?」
少女は急に元気な高い声で言い、その声に腕を引かれてコンタクト屋さんに連れて行かれた。
思えば、これが全ての始まりだった。