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「君島君のところに連れて行って」
「は?」
これを逃せば、一生君島君に会えなくなるかも知れない。
「中川区でしょ?バイクで20分も掛からないわよね?」
「嫌です」
「5千円出す」
「嫌です」
「1万円」
「……」
「決まり!」
ともだちでもないという君島君の頼みを2千円で受けたのなら、他人の私もお金で運んでくれるだろうと、浅井は読んだ。
「あなた、スカートじゃないですか」
「大丈夫よ。脚には自信あるから」
「なんですかそれ」
バーテンが折れつつある。拒絶理由が弱い。
追い討ちになるのかどうか、浅井が言葉を続ける。
「私も時間がないから、ちょっと行ってすぐ戻ってもらえればそれでいいの」
バーテンがまだ躊躇っている。
「嫌だなぁ……。タンデム嫌いなのに……」
「タンデムって何?」
バーテンがさらに眉間のシワを深くした。
段々それが面白くなってきた。
「荷物だと思って」
「荷物の方がマシだ」
多分、落ちた。
だから浅井が笑って催促した。
「早くしないとこれ、倒しちゃうよ」
足でバイクのタイヤを倒す仕草をしてみせた。
やっとバーテンがバイクの準備を始める。
後部のステップを両方倒して、浅井にヘルメットとグローブを渡した。
「私が被るの?」
「飛ばしますから」
ふぅ~ん。とヘルメットを被り、グローブを嵌めると、バーテンは既にバイクの方向を変えてエンジンを掛け、シートに跨って浅井が乗り込むのを待っていた。
乗せて、と簡単に言ってみたものの、足の掛け方から難しいわ、と浅井は悩んだ。
右手でこっちのグリップを掴んで、左足をこっちのステップに乗せてください。
バーテンが親切に説明してくれた。
そこまでは親切だったが、走行中は俺に掴まらないでください、自力で姿勢を維持して下さい、と指示された。
バーテンが一度スロットルを吹かした。そしてギアを落とし、右を見ながら、今度は慎重にスロットルを開け、重さと速さを確かめながら駐車場から通りに向かう。
そしてあっと言う間に大通りに合流し、車の大群に飲み込まれた。