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大沢の予想通り、土曜日の一件は週始めの事務所の一大ニュースになった。
上司も含めた浅井以外の全員が小声で噂している。
なにしろホットな話題であり、数時間後に間違いなく展開するのだ。
浅井以外全員そわそわしている。
そしてそれに気付かないのも、浅井一人だった。
周囲に目を配る余裕がない。仕事も手につかない。
君島君を、どう引きとめよう。何を言おう。
キーボードに両手を置いて、その間を凝視して、仕事をしている振りをして固まっている。
まず謝らなきゃ。
浅井はずっとそればかり考えている。
昼近くに、田村が来た。大沢はいない。
浅井が気付いて会釈をすると、田村が意味ありげな笑みを浮かべた。
浅井はそれを無視した。
嫌な気持ちがした。
まるで秘密を共有しているかのような。
もっと言えば、共犯意識を強制されているような。
笑えるわけがない。
あんなふうに君島君を傷つけておいて。
私は大沢君も許してないのよ。
自分も許せない。
やはり浅井は、自分の両手の間を凝視していた。
そして正午になり、浅井が席を立ってエレベーターに向かった。
普段なら向かいのコンビニに行く社員が必ず数名いるのだが、今日は誰も動かない。
全員窓からそのコンビニを見下ろすつもりだからだ。
浅井は一人でエレベーターの扉を閉めた。
その不自然さにも浅井は気付かなかった。
横断歩道を渡りコンビニの前で立ち止まる浅井を、会社のビル横から大沢が見ていた。
車で到着したばかりだが、田村の車があるのをみて事務所に上がるのを止めた。
田村の車がなくても上がるつもりはなかった。どうせ噂は広まっているだろうから。
しかしここで男を待つ浅井の姿を見るのも辛い。
それでも来ずにはいられなかった。