10
「大沢君!」
「大沢!」
浅井と田村の二人が同時に叫んだ。
胸倉を掴まれた君島が店外へと引きずり出される。
「その顔で」
大沢を見上げる君島の顔が、少女のように可愛い。
今の大沢にはそれすら憎い。
「その女みたいな顔で、油断させるのが手か?」
まだ二日酔いからはっきりと覚めない大沢は、この状況にも冷静な視線で見上げる君島を疑問には思わなかった。
そしてたった今大沢が口にした言葉は、君島への最大の侮辱だった。
二人の体格差を考えれば、これはただの卑怯なリンチだと、浅井と田村は慌てて止めようとした。
大沢が右肘を後ろに引いて、拳を君島の顔目掛けて突き出した。
君島はわずかに首を傾げてそれを避け、そして空振りしたその右腕を掴んで上に持ち上げ、大沢の胴を伸ばしてから、軽くステップを踏むように足を合わせ、右ひざを大沢の腹にぶちこんだ。
大沢が、うぐ、と唸った。
君島は、掴んでいた大沢の右腕を自分の後ろに引いて、大沢を道路にどさりと倒した。
わずかの間の出来事で、浅井も田村も呼吸を止めていた。
ほんの瞬間だった。
一切無駄のないなめらかな一連の動きに、まるで大沢は練習相手かのように、まるで決まった手順を踏んでいるだけのように、正確に捉えられた。
ふわりと膨らんだキャメルのコート。
素直なショートヘアを揺らして、君島が肩越しに浅井を振り向き、微笑んで挨拶をした。
「ごめんね、浅井さん。これで最後にしよう。
本はね、月曜日にそこのコンビニに持ってくるよ。お昼ならいいよね?」
キャメルのコートを翻して君島が走り去った。
「君島君!」
呼んでも振り向かない。
追いかけようとした。
しかし、と大沢を振り向く。
大沢は道路に座り込んでいて、田村に背中をさすられている。
田村が言った。
「今こいつ、かっこわるいんで見ないでやってもらえますか」
でも、と浅井が言うと、田村が首を振って続けた。
「俺が送って行くんで、大丈夫です」
「じゃあ、お願いします」
そう言って、浅井も歩き出した。
そして走り出した。
君島に追いつけるんじゃないかと駅まで走った。
寒い冬の夜なのに、全力疾走したせいで汗が落ちる。
息を弾ませてホームを全部回った。
どこにもいなかった。
大丈夫。
大丈夫。
月曜日に会いに来るって言ってた。
その時にまたきちんと話せばいい。きっとわかってもらえる。
だって私は、
大沢君を許せない気がする。
浅井は荒い息が治まるまで、駅のホームで仁王立ちしていた。