9
支払いをどっちが持つかでちょっともめて、結局折半に決まり、浅井がカードで決済するので君島が自分の支払い分を浅井に渡した。
だから君島が先に出口にむかい、浅井はカードや財布をバッグにしまったりしていて、君島が声を上げた時にちらりと状況を確認してまた目をバッグに戻した。
「こんばんは」
君島の挨拶が聞こえた。
おや。知り合いだったのね。とまだ浅井は気付かなかった。
それから顔を上げ、正面に立つ男性が、業社の社員の田村だと気付いた。
そして君島が挨拶をしたのはその後ろに向かってだったとやっと気付いた。
「浅井さん」
その大沢が、名前を呼んだ。
「え?!」
田村が驚いて大沢を振り向いて、そして浅井をまた見て、また大沢を振り向いた。
田村が、メガネを外して髪をほどいて私服を着ている浅井を見るのは初めてだった。
「え!浅井さん……?!」
名前を呼んだものの、大沢はその後を続けることができない。
昨日知った様々なことを整理できずに、体調極悪の中仕事をしてきたのに、昨日はバーテンを追いかけて、今日は小僧か?
どうして休日に、小僧に会ってるんだ?
会うなら俺だろ?
そして俺ですら、不足のはずだろ?
あんな強烈な過去を持っていて、今あなたがしていることは何だ?
命懸けで彼に守られて、今あなたがしていることは何だ?
思考がめちゃくちゃな方向に飛びまくりまとまらず、大沢は言葉を探せない。
その間、田村一人が声をひっくりかえして驚いていた。
うわ!浅井さんっすか?本当に?
いや~、びっくりしました!全然変わるもんっすね~!
てか、会社もこれで来てくださいよ!だとなぁ!俺たちもなぁ!
って、違うか。大沢はあれだもんな。
てかお前、本気だったんだな。
焦っているのか興奮しているのかわからない田村のおかしな日本語の、最後だけ大沢は汲み取った。
本気だった。
そう、俺、本気だった。
あなたにもそう言った。
あなたもそれを受けたはずだ。
過去なんか知らない。
それで、
これは誰だよ?
大沢がいきなり君島に掴みかかった。