5
君島は目を丸くしたまま、口を結んだまま、浅井を凝視していた。
君島が浅井を試したように、今は浅井が君島を試している。
仕返しという訳ではない。
これは駆け引き。
そこまでわかっていたのに、どうしても耐え切れず、君島は吹き出した。
「ごめん!あの、」
笑いながら言い訳した。
「そんなつもり、なかったんだ、本当に、」
笑いすぎて涙が出た。
「こんなに、見事に振られるなんて、」
その涙が呼び水になった。
君島がしゃべれなくなった。
片手で顔を覆い、俯いて動かなくなった君島に驚いて、浅井は慌ててその手を引き、人の少ない路地を駆け抜け小さな公園まで走った。
自動販売機で熱いお茶を二本買って、ベンチに座る君島に一本渡す。
浅井はベンチの横の枯葉がわずかに残る立ち木にもたれてペットボトルの蓋を開けた。
しばらくして君島が大きくため息をついて、空を見上げた。
泣き腫らして目も鼻も赤い。その顔も可愛いわ。
浅井はそう思い、笑った。
その浅井の笑顔を見て、君島が言った。
「女の子みたいに可愛いと思った?」
浅井は答えず、微笑んだまま君島を見下ろした。
君島も微笑んで俯き、語りだした。
「今日、約束があったんだよ。人妻と。でも今朝になって亭主の外出の予定がキャンセルになったからって電話が来てね。
僕の約束もキャンセルって思うでしょ?」
浅井が頷く。
「そうじゃないんだって。僕には会いたいんだって。それでね」
君島が浅井を見上げた。
「僕に迎えにこいって。亭主に紹介するって」
え?と浅井が驚いた。
「だから、女装してこいって」
君島は微笑んでいた。
その笑顔に、浅井は胸が潰れるような気がした。
「別に、こんなこと初めてじゃないんだ」
君島は再び顔を伏せた。
「僕はそういう意味でも便利だから」