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JOY  作者: co
第3章・琥珀のバー
30/130

10

「お連れの人、店に戻りましたよ」

 バーテンが走ってくる浅井を振り向いて、一度目を動かしてから言った。

「うん?いいの。二人で、来たんでもないし」

 ちょっと走っただけで息が切れた。しかしまず謝らないと。

「さっきは、ごめんなさい。もしかして、叱られて、帰るところ?」

「いえ。元々この時間までです」

 バーテンがあっさり即答する。

「そう。それでも、あんなこと、ごめんなさい」

「いえ」

 バーテンは、会釈をして立ち去ろうとした。


「あの」

 浅井が呼び止めた。バーテンが顔だけ向けた。

「猫のこと、訊いていい?」

 バーテンは、首を傾げてからまた歩き出した。だから浅井もその後をついて歩いた。


 浅井はバーテンのあの行動にずいぶん感動したのだ。

 きっと動物好きの優しいお兄さんなんだろうと想像していたのに、どうも様子が違う。

 だからこそなおさら興味がわいた。

 母校の後輩だということも、痛みと共に強く印象付けられた。


 この無愛想な理系のバーテンが、誰もが目を逸らした猫の最期を引き受けたのはなぜなんだろう。

 まだ少し荒い息を整えながら、訊いた。


「どうしてあそこで、わざわざあんなことできたの?」

 バーテンは振り向かない。

「だってもう、生きてなかったし、誰も助けられなかったし、あんなことしても、」

 そして到着した駐輪所でバーテンがヘルメットを置いたバイクは、ライムグリーンだった。

「通り過ぎたってしょうがないし、みんな嫌だなって思いながら通り過ぎたと思うのに、」

 バーテンがキーを回してセルを押した。

 そして始動したエンジンを二三度吹かした。

 安定したはずのエンジンがなんとも不規則な爆発音を繰り返す。

 バイクってこんなものなの?と気を取られていると、バーテンが口を開いた。



「あそこ、よく通るんです」

 バーテンがメガネを外した。

「気付かなかったら通り過ぎたけど」

 そう言った後でヘルメットを被り

「気付いたのでああするしかなかった」

 シールドを開けてメガネをかけ、

「ああしなかったらこの先あそこを通る度に後悔する」

 グローブを嵌めてスタンドを蹴り上げ

「別に猫のためじゃないです」

 バイクをバックさせて駐輪所から出し、シートに跨った。


「俺が不愉快だった。それだけです」

 それからヘルメットのシールドを下げて左足でシフトを落とし、浅井に会釈して走り去った。


 浅井はその姿をしばらく見送っていた。

 バイクが交差点を右折して見えなくなっても、まだ立ち尽くしていた。



 バーテンの答えは、期待以上だった。

 俺が不愉快。なんてシンプルな。

 何の装飾も言い訳もない。だから、強い。


 シンプルで単純なものが一番強い。どんな場合でも。


 そんなことを改めて教わった。


 そうだ。私もシンプルに強くなろう。

 浅井はなんとなくそう思いついて、笑った。


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