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短い茶髪のイケメン大沢と、お姫様のように毛先をカールした栗尾がすっかり帰り支度で並んで立っていた。
その姿になぜか浅井は内心ムラっと怒りが沸いた。ただ反射的にムっとしただけなので理由にも行き当たらず、少し顔を傾げて仕事に戻ろうとした。
「その、加藤社長の搬入終わるまで仕事終わんないんすか?」
大沢が訊ねてきた。少し不思議でまた振り向いた。大沢とはそれほど親しくはないのだ。
「今日の飲み会は、浅井さんも参加するって聞いてたんすけど、」
「え?今日だっけ?」
浅井は栗尾に視線を動かした。そういえば事務員全員と外注業社の社員有志が集まる会に参加すると申し出ていた。事務員全員と言っても十数人しかいないので、一人だけ欠席とは言い辛かっただけだったからいい理由ができたと思った。
「ああ、ごめん。私ヌキでやってもらえる?あんまり早くは終わらないと思うから」
元々乗り気の飲み会ではないし、会費も前払いしてあるから迷惑は掛からないはずだ。
「なんだぁ。残念だなぁ」
大沢が社交辞令を言ってくれる。
「しょうがないですよね!事務員で一番責任とれるのって浅井さんですもんね!」
栗尾が髪の毛をふわりと動かし、可愛い角度で大沢を見上げた。
その瞬間、気付いた。
「……栗尾さん、あなた明日の設置確認をお客様にとってなかったのね」
さっきのティーサーバー設置の、業務責任者印は、栗尾になっていたのだ。
「は?」
まだ栗尾は可愛い角度を変えない。
「お客様は今日搬入だとばかり思っていたそうよ。あなたは確認の電話を入れる責任があるわよね」
「あ、え~っと、きっとお話中だったと……」
「加藤社長が出てくれたからなんとかしてもらえたけど、」
「でも、それってお客さんの勘違いが一番悪いんじゃないんですか?契約は絶対明日ですもん!」
「明日オープンの美容院なの。あなたそのオーナーにそんなこと言えるの?」
「浅井さんなら言えますよ~!」
栗尾がキャラキャラと笑った。
言わなきゃよかった。さらにむかついただけだった。浅井はため息をついて椅子をくるりと正面に戻した。
直後にカツカツと高いヒールの歩く音が響いた。背の低い栗尾は高いヒールのブーツを履いている。ピンクの短いファーのコートを羽織って。ブランド物のハンドバッグを腕に掛けてイケメン大沢と街を歩くのだろう。
あ、そうだ。きっとこの子は大沢君に気があるんだ。ああ、それでこんな妙なメンツのコンパなんだわ。ふぅん……。浅井が頬杖をついて頷くと後ろから声がした。
「あの。仕事終わってから合流すればいいんじゃないですかね?」
驚いて振り向くと、まだ大沢がいた。
「あら。気使わなくていいわよ。私ももう疲れちゃって飲みたい気分でもないし」
「でも、」
「いいわよ別に。私のための会でもないし。ほら。待ってるわよ」
含み笑いで一瞬だけ視線を出口にいる栗尾に向けた。
「また今度全社で忘年会があるじゃない。その時にね」
また椅子を戻して、浅井は右手をひらひらと振った。
楽しい飲み会など一度も経験はない。常に退屈なだけだ。それが一度減ることは全然残念などではない。笑顔を向けても分かってもらえないだろうから浅井はそのままキーボードの操作に戻った。
「じゃあ……失礼します」
大沢のスニーカーがキュっと音を立てた。
ドアを開ける音がした時にちらりと二人を見送ると、街でよく見る似合いのカップルに見えた。
黒いダウンジャケットの中からパーカーのフードと裾を出し、山でも登るようなごつい靴を履いている長身の大沢と、髪の毛クルクルのコートフワフワな小さい栗尾。
ああ、結構なことですね。いよいよ寒くなってクリスマスですもんね。
寒くなってクリスマスが来て年末になり仕事納め。
私はそれまでは馬車馬だわ。
結局色気のない方向に思考を飛ばし、ため息をつく浅井だった。