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JOY  作者: co
第1章・キャメルの天使
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 5時半の終業間際、鳴り響く電話を誰も取らない。

 クリスマスも近い今日は金曜日で、みんなこの後の予定もあるのだろうが我慢比べでもしているように、恐らく何のデータも入力せずにキーボードを叩いている。

 結局客先からのクレームを処理したばかりの浅井が受話器も戻さずにその外線を取った。

「お待たせいたしました、」

 の言葉も言い終わらないうちに、大声で捲くし立てられた。

『いつになったら持って来るつもりなんだ!とっくに5時回ってんだろうがっ!』

 浅井はその大声に受話器を耳から離して、右手で額を押さえた。

「失礼ですがお客様……」

『大森だ!大森!千種区!』


 千種区、大森様……。見覚えがある……、とディスプレイに出荷予定を表示してスクロールする。

 あった。設置予定明日午後5時。ビューティーサロン・フォレストイン。


『明日の開店に間に合やぁいいと思って5時にしたのによ、今何時だよ?他の業者はもうとっくに引けてんだぞ!』

 明日のオープン?


「申し訳ありません、ただいま確認いたしますのでもう少々お時間いただけますでしょうか」

『さっさとしろよ!』

「はい!すぐに!」


 耳に受話器を挟んだまま浅井は通話を切り、ディスプレイに表示されている納入業社の社長の携帯の番号を呼び出し、繋げた。相手はすぐに出た。

『はい加藤』

「本社の浅井です。お疲れ様です。社長今どこですか?」

『ん?ヤード戻ってきたとこ』

「明日のティーサーバー、もうトラックに積んでますよね?」

『ああ?そうだな。明日はこれともう一件だから積んである』

「今から出てもらえますか?」

『ああ?!』

「もう一杯やってます?」

『やってないけどさ、今日丸一日設置と撤去で俺ずたぼろだよ?』

「すみません。明日のティーサーバーが今日だったんです」

『知るかよ。そっちのミスだろうが』

「明日オープンの美容院なんです。あとティーサーバーだけ搬入がないらしくて」

『だからそっちのミスだろって!俺はもう一杯やっちゃうよ!』

「じゃ、山下君は?水野君でも。ティーサーバーの設置なんて一人でも出来るじゃないですか」

『おお!そういうこと言うならあんたがやれよ』

「じゃあやります。迎えに来てください。送っても行ってくださいよ。それが社長の仕事じゃないですか」

『俺の仕事は明日請けたもんだっつ~の!』

「わかりました。私がタクシーでそちらまで行って、トラック運転して千種区まで行きます!」

『あんたトラック運転できんのかよ?』

「普通免許はあります。ペーパードライバーだけど」

『そんなのにうちのトラック貸さね~よ!わかったよ!俺が行くよ!』

「本当ですか!ありがとうございます!今度大型2件決まりそうなので必ず加藤設備に回します!」

『おっ……お、おう。まぁ、これから出るとなると7時頃になるけどいいのか』

「すぐに出ていただければ!何とでも言い訳しますから!ありがとうございます!お気をつけて!」

『ったく……。かなわんな。急いで行くわ』

「ありがとうございます!先方にもお知らせしますね!」


 また受話器を肩に挟んだまま、さっきディスプレイに記録された千種区の大森の番号を呼び出す。

「お待たせ致しました。星川商事です。本日納入予定のティーサーバーですね、前の現場が遅れましてまたこの時間渋滞に巻き込まれてまして、そちらに向かってはいるのですが遅くなると連絡がありました。ご報告が遅れて申し訳ありません!」

『あ、ああ?何、それで結局何時になるの?』

「ええ、大変遅くなってしまって申し訳ないのですが6時半までにはと……」

 三十分サバ読んだ。

『一分でも遅れたらつっかえすぞ!』

「連絡の遅れた私どものミスですので、なんとかお許しいただければと存じます。ドライバーが頑張ってそちらに向かっておりますので」

『そんなのは仕事なんだから当たり前だろ。まぁいいわ。6時半な』

「私も完了報告があるまでここで待機してますのでお願いいたします」

『別にあんたには関係ないだろうが』

「私のミスですから」

『ふん。別に、受け取るからOLは早く帰ることだ。今どき危ないんだからよ』

「ありがとうございます。それではお願い致します」

『はいはい。あんたは帰れよ』

「ありがとうございます。失礼いたします」

 そしてやっと受話器を置いた。

 そして、机につっぷした。


 今の一件で何日分かの仕事をしたような気分だ。上手くいったんだろうか。ミスはなかっただろうか。

 浅井は会話を始めからリピートしてみた。


「……加藤社長、って言いました?あの社長この時間から動かしたんですか?」

 後ろから男子の声が聞こえる。

「電話一本であの怖い社長動かせるのって浅井さんぐらいしかいませんよねっ!」

 女子の声も聞こえる。


 つっぷした浅井がゆらりと体を起こし、後ろを向いた。

 加藤社長とは別の外注業社の社員の大沢と、浅井の後輩事務員の栗尾が並んで立っていた。

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