13
「知らないわよ高校中退だなんて。何よ釣り合いって。そんなことで」
さっきまで自分が君島に釣り合わないことに不安だったせいで余計腹が立っている。
「だいたい何?頭いいって。私は普通に仕事してそれで生計立ててるだけのことよ」
そして酔っているせいで、思考がずれていく。
「だけどそれじゃダメなんでしょ?さっき言ってたのはそういうことなんでしょ?」
「いや、俺は何にも、」
「ファッションやアクセサリーにお金かけないのはまともじゃないって言うなら、まともじゃなくてもいいわよ」
「あの」
「私は一人で困らないようにずっと頑張ってやってきたしこれからもやっていくの。だから全然困らないの」
ふふ、と隣で君島が笑った。
「これまでだってずっと一人でやってきたんだし、これからだってずっと一人で、」
君島の指がまた頬をなでたので言葉が途切れた。
その動作で、浅井はまた自分が泣いていることに気付いた。
嘘。
今度は何の涙だっていうの。
浅井は自分で自分がわからなくなってしまった。
「だけどこいつは、浅井さんを見てたんだってさ」
君島が浅井の右手を取った。
「で、今も見てるだけかよ」
そしてその手を、大沢に渡した。
「今まで苦しかったのも全部こいつのせいだから、目一杯嫌がらせしてやったらいいよ」
輪郭のぼやけたキャメルが浅井から離れていくのが分かった。
「え?君島くん、どこ行くの?」
浅井は慌てて言う。
「僕はさ、キューピッドだったね」
コンタクトショップで見た君島の姿が思い浮かんだ。
キャメルのダッフルコートをふわりとゆらして笑う、まるで冬の天使のような。
「そいつに送ってもらって。3年も待たせたんだからタクシー代くらいだしてくれるよ」
君島の足音がする。
「だって、また飲みに行こうって、」
その天使が消えてしまう気がして、追いかけようとした。
「うん。また行こう」
大沢に腕をつかまれていて進めない。
「また会えるよ。きっとね」
輪郭のぼやけたキャメルの天使はそう言って、ドアを開けて消えた。
一度止まっていたのに、浅井の涙がまた溢れた。
会ったばかりの天使のような可愛い男の子。
その姿だけでその視線だけで、そしてその言葉で自分がどんなに救われたか、
わずか数時間がどんなに貴重だったか、浅井は自分の胸の痛みで知った。
今までこんな気持ちで泣いたことはなかった。
今度は大沢が浅井の頬の涙を拭う。
「あの子にもう、会えないのかなぁ……」
泣きながら浅井が呟く。
「俺がいてもだめですか?」
大沢が言った。
泣き顔で大沢を見上げる。
すると大沢は、浅井の頭を撫でた。
「すいません……。浅井さん、可愛いですね。泣いてるから、子供みたいだ」
それが優しい笑い声で、頭に置かれているのが大きな手で、浅井も自分が子供のように思えた。
「会えると思いますよ。俺は会いたくないけど」
泣いてるのに笑えてきて、浅井は下を向いた。そうね。きっとまた会える。
大沢くんのことはよく知らない。これからいろいろ訊いてみよう。
多分この大きな手は私を傷つけない。キャメルの天使が認めたのならそうだろう。
私にはそれが重要だ。あの子がキューピッドなら、とりあえず従うわ。
違ってたら、……そうだ。どんな手使っても探し出して、文句の一つも言ってやる。
「20歳・学生・君島秋彦」
多分これで探せる。きっと。そう考えて、浅井は安心した。
そして気付いた。
「私、……コンタクト取れちゃって、今何も見えないのよ。どうやって帰ろう……?」