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「もし、栗尾さんが妊娠してたとして、」
浅井が呟いた。
「違うって、浅井さん!」
田村が遮るのを、首を振って抑えた。
「もしね、栗尾さんが言ってるように大沢君の子供がお腹にいるとして、それでどうして私たちが刺されなきゃならないの?」
それも聞こえないように、大沢の母が続ける。
「うちの聡がお嬢さんも浅井さんも傷つけたんだもの……。どんなに謝っても……」
逃げるな
自分に逃げるな
「大沢君は悪くないです」
わかった。先輩。やっとわかった。
「もし大沢君の子供を妊娠してるんだとしたら、大沢君を刺した栗尾さんが悪い」
「それ……でも、」
「だって、お腹の子のお父さんでしょ?」
「……!」
大沢の母が絶句した。
「大沢君が悪いんじゃない。刺されたんだから、刺した栗尾さんが悪いの」
「それでもこの子が、あなたのことも騙して、」
浅井が首を振った。
「そうだとしても、刺した栗尾さんが悪いんです」
「この子は……」
自分が悪いのだと、自分の息子が悪いのだと、責めを内に向ければ誰からも攻撃されない。
自責の壁は、弱者の要塞だ。
最強の要塞だ。
しかしそれはそのまま、潰れる。
そこからは抜け出せない。
だから、そっちに逃げないで。
自分を責めないで。
自分に逃げないで。
「大沢君は、何も悪くないです」
そういうことだったんだね、先輩。
「どんな事情があったって、刺したのは栗尾さんです。大沢君じゃないんです」