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走って自分のいた病室に戻ろうとして、初めて自分がERにいたのだということを知った。
そこの受付の前にまだ母と君島が座っているのが見えた。
浅井は腰を屈めて受付に滑り込み、ナースか事務か分からない人に声を掛けた。
自分のことは分からないだろうと思って名乗ろうとしたが、
「あ!あら、意識戻られたんですね?」
と大きな声で言われたので、しぃ~、と口に人差し指を立てた。
そして、自分のことを知っているのなら話は早いと、
「一緒に運ばれてきた大沢君は今どこにいますか?」
と、早口で訊いた。そしてすぐに返事をもらえた。
「え、ええ、手術も終わりましたから、病棟の方に移動になりましたよ。2号棟の5階の5012号室ですね」
書類を見ながら答えているナースか事務かわからない人にありがとうと言って、浅井はまた走り出した。
どうして病院ってこんなに複雑に入り組んでいるのだろうと思いながら、時々掲示してある見取り図で確認しながら、目指す病室の階に辿りついた。
もう走るのは止めて、部屋番号を数えながら、そこに着いた。
その前で、ふぅ、と一つ息を吐いた。
その時後ろから声がした。
「あら……もしかして、浅井さん?」
振り向くと、アイボリーのアンサンブルセーターを着た小柄な女性が浅井を見上げていた。
浅井は、はい、と頷いた。
すると女性は浅井の両手を握って、言った。
「肩に大怪我されたって聞いてたから……。その包帯、大丈夫なんですか?」
大沢の母だと、一目でわかっていた。
大沢君の端正な童顔は母譲りだったのだな、と浅井は思った。
だから笑いながら答えた。
「大丈夫です。かすり傷なんです」
「ごめんなさいね!聡のせいでこんな、大怪我させてしまって……ごめんなさいね!」
大沢の母は涙を浮かべて謝った。
浅井は笑いながら、首を振っていた。
「大沢君のせいじゃないんです。この怪我は、」
そして、自分の言葉で自分の気持ちを知った。
「大沢君が庇ってくれたから、こんな怪我で済んだんです。大沢君のせいじゃないんです」
それが、今現在自分のわかる全てのことだ。
栗尾さんのことなんか知らない。
自分は大沢君に命を救われた。
「大沢君に、お礼を言わなくちゃ」
浅井の目にも涙が膨らんだ。
「ごめんなさいね、ごめんなさいね」
謝り続ける優しそうな母親の柔らかい手を、浅井が強く握り返した。
「大丈夫なんです。私は大丈夫なんです」
笑いながら、浅井も涙をこぼした。