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顔を上げると君島が走り寄ってきた。
「浅井さん、怪我したんだね。大丈夫?もう痛くない?」
君島の顔を見て、すぅっと気が緩んだ。
初めて自分の怪我を気遣ってもらった。
涙が出そうになった。
「そのくらいの怪我、当たり前だわ。自分のやったこと考えなさい」
「何言ってるの?誰この人?怪我人の枕元でそんなことばっかり言うって異常だよ!悪化するから出て行って!」
「私はこの恥ずかしい娘の親ですよ!あなたこそ誰なのよ!」
「恥ずかしいって何?親のくせにそんなこと言うの?そんなの絶対親じゃないよ!」
「親だからこそ言うのよ!あなたは鈴の何?お友達?お友達ならどうして止めなかったの?人様の彼氏を盗むような真似!」
「人様の彼氏?」
君島が浅井を振り向いた。
「あの、彼?」
浅井は反応できなかった。君島には別れたと告げたままだった。
「何にしても、こんなところで一人で暮らしてたってまともな生活してないってことだわ。うちに帰ってきなさい」
母の言葉に浅井は俯いた。代わりに君島が応えた。
「あの彼が人様の彼だとしたら、悪いのは彼だよ。なんでそれで浅井さんがまともな暮らししてないなんてことになるのさ?」
「お相手のお嬢さんが妊娠してるのよ。会社の同僚だっていうのにこの子がそれを知らないはずないでしょう!」
「妊娠?」
君島がまた浅井を振り向いた。
浅井は俯いたまま、首を振った。
君島は首を傾げて、また母親を見て続けた。
「浅井さん知らなかったようだし、お嬢さんが妊娠してるならやっぱりそれを隠してた彼が悪い。浅井さんには全然責任ない」
「知らなかったなんて嘘です。みなさん知ってたんですってよ。会社の人みんな知ってたことを、なぜ鈴だけ知らないなんてことがあるの?」
君島が首を傾げたまま、言った。
「浅井さんが知らなかったって言ってるのに、どうして親のあなたが信用しないの?他のみんなの方が信用できるの?」
「あら!あなたは信用するの!この子一人が知らなかったなんてばかげたこと!」
「するよ」
君島は、手で浅井の腕に触れた。
「もしそれが本当だったら、今一番傷ついてるのが浅井さんじゃないか」
浅井は思わず君島の顔を見た。
「わけもわかんないで、そのお嬢さんに刺されたってことだよね?怖かったね」
今度こそ、涙が溢れた。
それを母が鼻で笑った。
「甘ったれるんじゃないわ。一番傷ついてるですって?お腹に子供のいるお嬢さんが一番気の毒に決まってるじゃないの!」
「あのねぇ!気の毒なら人刺しても許すの?刺されたのはあなたの娘だよ?どうかしてるよ!」
「どうかしてるよって……どういう口のききかた?女の子でしょ!まったくどういう友達なの」
「女じゃない!そっちこそ失礼だろ!」
「なんですって?男なの?んまぁ……!呆れたわ鈴!」
「呆れてるのはこっちだ!」
浅井がまた俯いた時、ザァーっとカーテンが開けられ、
「病室で騒ぐなら出て行って外で騒いでくださいね~っ!!!」
と大柄な女性看護士が大声を張り上げ、二人を引っ張り廊下に追い出した。