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大沢の出現で事務所内のざわつきが一段高くなったが、浅井は電話に出ていたので気付かなかった。
電話を終えようとした時に悲鳴が混じったので、顔を上げた。
ジャッジャッという、砂利を踏むような音が耳についた。
右を向くと、栗尾が近づいてきていた。
浅井さん!と、聞きなれた大声がした。
その声に顔を向けようとした時に、
肩に、焼けるような痛みが走った。
直後に大きく重いものが被さってきた。
その大きいものからは、慣れた匂いがした。
そしてそれは、徐々に浅井の体からずり落ちていった。
その大きい体の脇腹には、カッターナイフの刃が、全部埋まっていた。
事務員たちの悲鳴が部屋の中で反響する。
営業マンたちは声も出せず、動けもしなかった。
やっと一人だけ、救急車を呼ばなければと気付き受話器を外したものの、番号が浮かばない。
事務員たちも、救急車!救急車!と言い出した。
119!119!
そうか、そうか、と営業マンは、震える指を渾身の力で押さえ込み、1を押した。
悲鳴が途切れない中、最も大声を張り上げているのは栗尾だ。
事務員たちに押さえられながらも大声を上げ続けている。
どうしてこんな女庇うのよ!
全部この女のせいじゃないの!
だまされてるのよ大沢君!
起きてよ!聞いてるの!
浅井の耳は、何も聞いていない。
目の前に倒れている大沢の姿に時を止められた。
大沢は椅子に座る浅井の下に体を丸めている。
じきに、脇腹から流れる血が、床に黒い染みを広げていった。
浅井は椅子から下りてそのまま膝をつき、大沢の側に両手をついた。
もう、いや
浅井は首を振った。
もういやなのに
浅井もゆっくり、大沢の上に被さった。
「救、救急車、刺されて、男が腹、刺されてて、はい、一人、一人です、警察?まだで、……あっ!!!もう一人!もう一人倒れた!救急車追加!」