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会議室で部長に退社の意思を伝えると、部長が慌てた。
「いや、私はそんなことを言ったんじゃなくて、その、じゃ大沢君とは別れないということかね?会社辞めても?」
「いえ、それとは関係ありません」
「じゃあ何だね?大沢君とは別れるんだろう?」
「それも部長には関わりのないことかと思いますが」
「そうではないだろう!それが退社理由ならそういうことじゃないのかね!」
「退社理由は、一身上の都合です。長い間お世話になりました」
「一身上……」
「失礼します」
浅井が一礼して、ドアを開けた。
事務所を見渡すと、全員が浅井に注目していた。そして全員が一瞬で目を逸らした。
栗尾以外。
浅井は特に気にせずに自分の席に戻り、一週間欠勤した分の仕事を取り戻そうとマウスに手を置いた。
すると、向かいの席の栗尾が立ち上がった。
「浅井さん」
浅井は顔を上げずに、はい、と返事をした。
「会社、辞めるんですかぁ?」
不自然なほど、栗尾はゆっくりはっきりと発音した。
浅井が顔を上げた。
そして見下ろす栗尾の顔をじっと見た。
たった今部長に告げたばかりの、部長しか聞いていないはずの自分の決意を、知っている。
社長の縁続きの娘さんが大沢君とお付き合いを始めたいとおっしゃっててね、と部長は言っていた。
社長と縁続きという話が本当かどうかはわからないが、大沢と別れるように部長に言わせたのは栗尾だと、浅井はさっきの一言で気付いた。
しかしそんな脅迫めいた手を使うことがむしろ子供っぽく思え、呆れた。
「ああ。あなたなの。部長を利用するなんて、どうかしら?」
浅井は首を傾げて顔を顰めた。
栗尾は笑っている。
「浅井さん、辞めるんですよね?」
栗尾が笑いながら繰り返した。また、ゆっくりはっきり。
事務所内は水をうったようにしんと静まり返っている。
そこに電話が鳴った。
「あなたに関係ないでしょ?」
浅井が返して、電話を取った。
電話で決まり文句の挨拶をしながら、関係ないことはないか、と思い直した。
同じ業務なのだから引継ぎをしないといけない。
まぁ、後にしよう、と電話に応対した。
事務所内のざわつきも戻った。
そこで、事務所の扉がガンと音を立てて開いた。
大沢が現れた。