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思いがけない突然の質問だったので、浅井は反射的に頷いた。
君島は真っ赤なままの笑顔で浅井を見つめ、続けた。
「ラジオで聞いた話なんだけどね、DJがど田舎ののど自慢の司会に行ったんだって」
そう言って、彼はテーブルに目を落とした。
「自慢のZで行ったんだよ。赤いZ」
グラスから落ちた水滴を指で、テーブルに「Z」となぞった。
浅井はその君島の長い睫毛に目を奪われた。
「それでね、会場の公民館に時間より早く着いちゃってね、」
私は、こんなに可愛くなかったな。浅井は、ふと笑った。
「Zをさ、適当な場所に停めて会場の下見してたの」
可愛いなんて先輩が言ってくれただけだったな。
それで充分だった。
他に何もいらなかった。
ずいぶん私は幸福だった。
ふと、君島の声が止まっていることに気付き顔を上げると、それを待っていたかのように君島が笑みを見せた。
「でね、そのZが停めてあった場所が超ジャマな場所でね、運転手を館内放送で呼び出すことにしたの」
君島がまっすぐ浅井を見詰めたまま語るので、浅井も目をそらせずに頷いて聞いた。
「だけどその公民館にいたのがおじいちゃんばっかりで、車見にいったのもおじいちゃんで、放送したのもおじいちゃん」
浅井がまた頷いた。
「え~、お呼び出しもうしあげます、玄関前に停めてある、赤い~、ふぇあれでー乙という車でお越しの方」
滴で書かれた「Z」の最後を人差し指でピンとはねあげた。
浅井が、ぶふっ!と吹き出した。
「うっ、嘘!そんなのっ……!」
そう言ってから、あはははと大声で笑ってしまった。
「あ!嘘じゃないよ!」
真剣に反論する君島も可笑しくてさらに笑った。
「ホントだよ!だって、外見てみてよ!」
「なによ外って」
笑いながら、浅井は外の様子を見ようと顔を窓に近づけた。
「真っ暗で見えないわよ」
「見えてるよ」
「何が?」
「窓に映ってる。きれいな女の人」
「そんな、」
そして浅井にも見えた、窓に映る頬を染めて笑う長髪の女性。
「きれいでしょ。髪縛ってたときもね、きれいだと思ったんだよ」
その言葉にすぐには反応できなかった。自分のこんな笑顔を見るのは初めてだったから。
「髪を下ろすとゆるいウェーブなんだよね。それもよく似合うよ」
困る……。こういうの慣れてない……。浅井は髪をかきあげて、困っていた。
「あなたは、きれいだよ」
浅井は、笑うことにした。
「そんなこと言ったって何にも、」
そう言って君島の方を向いた。
直後に君島が叫んだ。
「だめ!」
だめ、と叫んだ君島がぼやけていた。
なにか白いものが目前に迫ってくる。
「ごめん!僕、あなたが、」
君島の温かい手が頬に触れたようだ。
まさか
「あなたがこんなに傷ついてると思わなかった……!」
まさか私、
泣いてる?