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月の石 ~思い描く未来~

作者: 秋海苔素

 昔々からの言い伝えをお話させて頂きます。

 ここ、月石の町には、黄金に光輝く月の石が降り落ちる事があります。そして、その石を見つけた人は自分の願いが適うと言われています。但し、心の清らかな人間にしかその石は輝いて見える事は無く、野心・野望・欲に塗れた人間には、月の石はただの石となんら変わりなく見えると言います。そう、月の石はこの町では人々の夢の拠り所なのです。

 この町に住んでいるのですから、一度は見てみたいものですね。


 机に肘を付いて顔を手で支え、教卓の前で道徳の授業を進めている担任の昔話を半分夢見心地で聞いている。30歳過ぎの若い、サッカー部の顧問をしている体育会系の担任である。

 授業のお話。

 月石に住んでいる人間なら、誰でも聞いた事のある言い伝え。ただの昔話。

 実際に有るとは到底思えない「月の石」にまつわる物語。

 言い伝えられていても、実際に見た人は今までに一人もいないし、実在したのかも分からない。学校の授業でやる事では無いだろう。

 目蓋が完全に瞳を塞いだ。


 授業の終わりを告げるチャイムの音でぼやけていた意識が戻り始める。

山本秋次(やまもと しゅうじ)、後で職員室に来いよー。」

 秋次とは僕の事。担任は体育会系独特の熱血漢を発揮し、頼んでもいないのに何かと世話を焼いてくれる。

 いや、世話を焼き過ぎる。

 僕は昔から(小学生の後半頃から今日までの間)「今の生活」をずっと続けているのだから、高校2年の今更世話を焼かれても迷惑だ。

 今の生活というのは、秋次は小学生の頃に両親が離婚し、父親に引き取られた。父一人子一人でありながら、父親は世界を飛び回る外資系企業のエリート。普段から家に帰ってくる事は稀で、いや、帰ってくる事などほとんど無く、一人きりで留守番している事が日常であった。毎月口座には生活に困らない程の仕送りを入れてくれているし、この生活に不自由を感じた事は無い。

 寂しく無いか?と聞かれれば即答する事は出来ないが。別段、楽しく過ごしている。

 担任の世話焼き話を聞くのも面倒なので、早々と帰宅する事にしよう。


 正門を出ようとした時に後ろから秋次に声が掛かる。と、同時に背中にドシッと衝撃が走る!

 危うく倒れそうになる所を踏ん張って押し留めた。

 僕にタックルして来る奴なんて一人しか知らない。

「おい、桜。挨拶の代わりにタックルする癖は何とかならないのか。」

 悪びれた様子の欠片も無く笑顔をこちらに向ける女の子。

 この町に引越してきた時からの幼馴染であり、この町にある明星(みょうじょう)神社の娘、月明桜(つきあかり さくら)である。

「帰るなら一緒に帰ろう!」

と後ろから抱き付いたまま言う桜。

 小学生の頃から桜は挨拶代わりに後ろから抱き付いていたのだが、昔は仲良くしてくれる事が、ただ嬉しかった。

 しかし、今はもうお互い高校生。俺は抱き付かれた時に背中に感じる女性特有の柔らかい感触と二つの膨らみが、どうしても気になってしまい恥ずかしくなる。

 それに、お互い仲は良いけれど、恋人でも無いただの幼馴染である。思春期の真っ只中なので、変な噂が立つのも桜に申し訳無いという気持ちもある。そんな事を何一つ、全く気にする様子も無い桜だから僕からはどうする事も出来ない。為すがまま為されるがままにされている。

 背中から桜を剥がして一緒に帰る事にする。


 1年生の頃はクラスが一緒だった事もあり、帰りも二人で帰る事が多かったけれど、2年生になってクラスが別々になってからは、今日の様に偶然会わない限りは一緒に帰る事もない…のだけれど。待ち伏せでもしているのかと思うくらい、桜は僕と偶然遭遇する。

 桜は家の手伝いと言う事で、学校が終わった後は大体神社の巫女として仕えており、授業が終わるとクラブ活動する訳でも無く帰宅していたので、僕と帰りが重なる事が多いのは確かである。僕は、言うまでも無く帰宅部だ。(月石町歴史研究同好会という微妙な同好会には所属させられているが)

 帰り道、桜は日々の楽しかった事や面白かった事を色々と話してくれる。それこそ、今日は青空が綺麗だった…そんな、何でもない事を美談にするのが上手い。別れ際にいつもの台詞。

「それじゃ、また明日ね。」

「ああ、またな。」

 簡単な挨拶を交わして別れる。


 神社の向かいに建っているマンションに俺は住んでいる。4LDKのマンションで、一人で生活するにはあまりにも豪華な建物だ。

 いつからだろうか、中学に入学した頃くらいから、頼んでもいないのに桜は毎朝起こしに来てくれる。ここに引越して来た際に、父親が普段家を秋次一人にするのは危ないかもしれないと言う配慮で、万が一の時はお願いします。と、神社の神主さんにスペアキーを渡した為であり、桜が自由に使っている現在の状況がおかしいのである。

 俺は毎回自分で起きるから必要ないと言うのだけれど、桜は私の楽しみなんだから良いと言う。何が楽しいのか、好きにしてくれと。

 そんな事を考えながら部屋の鍵を鍵穴に差し込んで・・・。

「あれ?」

「鍵が開いている---。」


 手の平が汗ばむのを感じた。

「まさか泥棒?」

 桜とは先程別れたばかりで、他に僕の部屋の鍵を持っているのなんて、帰って来ない父親くらいだ。ドアを音がしない様にゆっくりと開けて、玄関から繋がるリビングに向けて息を殺しながらゆっくりと歩みを進める。

 誰もいないハズの室内から話し声が聞こえる。

「誰か、いる。」

 鞄しか持っていない丸腰の状態なので、もしも凶器で迫ってこられたらヤバイと思いながらも歩みを進める。

 リビングのドアを開け放つ。

「誰だ!」

 リビングのドアを開け、交錯する瞳。視線。

 僕の瞳に映るのは、きょとんとした表情の女の人が3人。

 こちらが身構えていると、女性達が一斉に笑顔で言葉を紡ぐ。

「おかえりなさい。シュウちゃん。」

「おかえりー。秋次。」

「お兄ちゃん!おかえりなさい!」

 今度は僕がきょとんとした。これは何だ?

 全く状況の判らない間の抜けた表情をしていると、一番小さい女の子が飛び付いて来た。

「久しぶりだね!!お兄ちゃん!」



 もう日が暮れて、一番年上の女性が夕御飯を手際良く作っている。家庭的な温かさのある風景がいつ振りだろうかと、思い出に浸ってしまう。そんな懐かしさのある情景が正に目の前で、僕の家で行われている。テーブルの上には4杯目のお茶が汲まれたマグカップが既に空になっている。

 家に侵入していた女性3人は母親の親戚の娘だという。小学生の頃は良く遊んでいたと言うが、全く覚えが無い。いや、覚えが無い訳ではない。

 たまに子供の頃を夢に見る事がある。生まれてから月石町に越してくるまでは、月石市の沿岸部に住んでいた。今の場所から電車で1時間程の場所だ。その夢に見る頃は丁度両親が別れる、別れないと、毎日の様に言い争っていた時の記憶がほとんどで、それ以外の記憶はほぼ無い。僕は家に居るのが幼いながらも、嫌で…家からすぐ近くにある海岸から水平線を眺める事が多かった。

 そんな時に、仲良くなった3人の女の子達がいた…かな…?

 言われれば確かにそんな事も有ったかなと思う事も出来るが、今一ハッキリした記憶が無い。

 その頃の僕は、今後どうなってしまうのだろうかと。毎日の様に続く両親の喧嘩で、心が壊れる寸前であり、あまり記憶に残っていない。

 その時はただ、幸せな家庭を願っていた。安心して毎日を過ごせる家族が欲しいと強く願った。

 そんな最中、海岸で一緒に遊んでいた人達がいた。

 同い年くらいの女の子達…。


 程なく両親は別れた。父親に引き取られる事になった。忙しい父親は家に居る事もほとんど無く、僕はよく海岸で遊んでいた。

 そんな生活も、数ヶ月後には今の月石町に引越した事で終わりを迎えた。

 僕は父親からこのマンションの部屋を与えられた。毎月の仕送りをしてくれている。

 ただ、それだけの関係…ただ、それだけでしかない家庭。唯一のハズの家族。

 今も、そしてこれからも、ただそれだけの関係でしかない親子。


 話を要約すると、目の前にいる3人の女の子達も、僕と同じ様に家庭がままならないので、邪魔者の様に扱われ、僕の母親に繋がり、最終的に僕の居るマンションに行き着いたと言う。

 鍵は秋次の母親から貰ったという。

 簡単に言うと、そういった事らしい。

「えっ?」

 という事はなんですか。この3人娘と共同生活が始まるって事ですか?

 一番下の娘の抱き付きを思い出して貰えれば分かると思いますが、こんな無防備な女の子達と共同生活なんて、理性を保てるのだろうか。嬉しい様な困ったような。

「まぁ何とかなるだろう。」

と、頭を掻いた。


 そういえば、相手は僕の事を覚えている様だが、僕は全然…と言うと失礼なんだけれど、覚えていない為自己紹介をしてもらった。

 長女の月野春香(つきの はるか)大学生らしいが、必要な履修が終わっており、ほとんど姉妹の世話をする毎日の様だ。

 次女の月野夏奈(つきの かな)同い年で、明日から同じ高校に通う手続きになっている様だ。

 三女の月野冬美(つきの ふゆみ)4つ下で中学1年生。幼い頃からの家庭環境により、僕をお兄ちゃんと呼ぶ娘。

 3者3様ではあるが、それぞれに良さがあり可愛いなと思う。

 性格はまだ第一印象みたいなものだけれど、春香さんはおっとりした天然まじりのやさしいお姉さん。夏奈はちょっとキツ目の(ハッキリした)物言いをする元気な娘。冬実ちゃんは僕の事をお兄ちゃんと言い、甘えん坊な娘。

 良かった事と言えばこのマンションが4LDKだった事だろうか。それと、普段惣菜やコンビニが主体だった食事が、春香さんの美味しい手料理を食べられる事が素直に嬉しかった。

 今まではほとんど使われていない父親の書斎兼寝室と僕の部屋という二部屋しか使われておらず、僕が父親の書斎に移動すればギリギリ3部屋ある。

 何故か僕の部屋が争奪戦になったのは伏せておこう。ちなみに夏奈が使う事になった様である。

 今日は色々とあり過ぎて、精神的に疲れた。

 ああ、風呂も入って無いけど、ベットに身体を埋めると次第に意識が遠退いて行った。


 カーテンから差し込む太陽の光で目が覚めた。ベットに入ってそのまま寝てしまったから少し肩が凝ったが、ぐっすり休めた。

「もう朝か。」

 目を開いた途端に響く叫び声。夏奈の部屋から聞こえて来る。意識がハッキリしないまま、廊下を歩いて夏奈の部屋のドアを開ける。

 ・・・大切な事を忘れていた。完全に僕が悪いのです。

 夏奈と口論しているのは桜である。いつもの様に僕を起こしに来てくれたのであろう。が、寝ていたのは夏奈だ。お互いが訳も分からず叫びあっているのを止める事から一日が始まった。


 朝は時間との勝負。昨日風呂に入り損なった為、シャワーを浴びて春香さんの作ってくれた朝食を食べて学校へ向かう。

 朝食の合間に桜には理由を簡単に説明したが、納得していない様子。

 まぁ、追々話す事にしよう。今優先すべき事は学校に遅刻しない事。

 月石町には通学できる距離の中学と高校は一つしかない。

市立月輝学院(しりつげっきがくいん) 中等部 高等部」

 名前を見て分かる様に、この町は今も昔も月を信仰しているのだ。隣同士に建った中学から高校へスライドするのが殆どで、月石町に住んでいるほとんどの学生が同じ流れに乗っている。一部の人は沿岸部にある私立高校に行ったりするが、なにより遠い。

 秋次も大多数と同じ様に月輝学院の中等部、高等部と通っている。冬美ちゃんは中等部へ。桜と僕、そして夏奈は高等部へ。

 まぁ、これは想像通りというのか、神様の悪戯か。夏奈は僕のクラスへ転校生としてやってきた。


 転校生という事と、ルックスの良さとサバサバした性格もあり、休み時間には夏奈の周りには人だかりが出来ていた。昨日から劇的に変化した日常に溜息を隠せない。

 いや、悪くは無い。むしろ楽しくなったと言った方が良いのかもしれないが、昨日の今日で受け入れられる程寛大な心は持ち合わせていない。

 クラスの女子が悪気も無く聞いているのが耳に入る。

「どこに住んでるの?」

 転校生に対しての日常的な会話である。が、僕は嫌な予感しかしなかった。

 気にも止めずに夏奈は「秋次のマンション」と言い放った。僕は寿命が3年は縮んだ。

 クラスの視線が一瞬、いや無限に感じる程僕に突き刺さるのを肌で感じた。クラスの女子は神社の前のマンションね。と言った様に勘違いというか、思い違いをしてくれたので助かった。

 まぁ、普通に考えて同じ部屋に住んでいるとは考えられないだろう。所々で焦りはしたものの、程なく授業も終わり、いざ帰ろうと言う時に桜が待ち構えていた。

 帰り道、桜がどうしてそんなに月野達を気にするのか、僕には判らないが波風の立たない様に取り繕うので一杯一杯だった。そんな生活が暫く続くと、桜と夏奈はいつの間にか仲良くなっていた。いや、喧嘩しているよりも、ずっと良い事なんだけれど。

 戸惑いのあった生活も慣れてくると意外と一人の頃よりも楽しい毎日になっていると実感できた。最近クラスの奴からも、良く笑う様になったなと言われる。



 今の4人で暮らす生活にも慣れてきたある日の夜。時刻は1時を過ぎた頃、ドアを弱々しく叩く音で目が覚めた。

 叩かれるドアに向かって声をかける。

「どうした?」

 恐る恐るドアを開けて部屋に入って来たのは冬美ちゃんである。姿を確認して、一体こんな時間になんだろうと声をかける。寝起きのせいもあり、意識がハッキリしていた訳ではない。

 しかし、冬美ちゃんから眠気も吹き飛ぶ驚きの一言を言われて、不安定な意識もすぐに覚醒した。

「お兄ちゃん。一緒に寝て良い?」

 飲み物を口に含んでいたら完全に噴き出す展開である。秋次は色々と想像もしたし、焦ってしまったが、どうやら僕が思っている様な無粋な事では無い様だ。

 怖い夢を見て目が覚めてしまい、一人では寝付けないという。なんとも、残念な…いや、なんとも可愛らしい理由である。

「どうぞ。」

と、隣にスペースを作る。笑顔でベットの隣に入ってくる冬美ちゃん。

 二人で寝るには狭いベット。自然に僕の右腕と冬美ちゃんの左腕が触れ合う。

 いやはや、ここで僕が気を落ち着けなくてどうする。と、葛藤していたら冬美ちゃんから手を握って来た。冬美ちゃんの落ち着き払った様に思える表情とは裏腹に、天使と悪魔が争い合っている秋次。そんな事を知ってか知らずか、知らずだな。冬美ちゃんは人が近くにいる安心感からか、あっという間に呼吸が寝息に変わった。

 言わずもがな、僕が困ったのは冬美ちゃんが寝てからだった。昔から一人が多かったので、こんな近くに人が、しかも異性がいる状況というのが体験したことの無い事で、僕を兄と慕ってくれる妹の様な冬美ちゃんだとしても、緊張してしまい眠気が飛んでしまった。そんな僕の気を知ってか知らずか、寝返りついでに抱き付かれた。

「これは、寝れないな。」

 手を出す訳にはいかないし、眠る事も容易では無いこの状況。目蓋を閉じて、眠ろうとする。

 そうして、どれくらいの時間が経ったのか、判らない頃に夢の中に落ちる事が出来た。



 子供の頃の夢を見た。

 よく思い出す悲しい夢。

 僕が一人ぼっちだった頃の記憶。

 海岸を毎日の様に眺めていた頃の記憶。

 僕は一体これからどうなってしまうのだろう。

 不安で押し潰されそうな毎日を送っていた頃の思い出。

 僕はただ、他のみんなと同じ様に、ただ幸せな家庭が希望だった。

 楽しく毎日を過ごせる家族が希望だった。

 そんな小さな希望も、適わないのかと、幼心に悟り始めた日の記憶。

 日が沈もうとする頃に、今まで全く気付かなかった光が目に付いた。

 ・・・砂浜から光が溢れている。

 その光には魅力があり、幼い秋次の目は引き寄せられる様に、光の元へと歩みを進めていた。

 間近で見ると光は3個の石だった。

 元々一つだったと思われる手の平サイズ石が、3つに砕けた欠片だ。

 これは意識した事では無く、全くの無意識に一つ一つ手に取っていた。

 3つ目の欠片に触れた時にビリッと電気が指に走り、驚いて3つ共砂浜に落としてしまった。

 そして、3つの欠片には先程までの光は無く、日も暮れて砂浜は暗闇に包まれた。

 手から滑り落ちた欠片を探す事は容易では無いので、僕は諦めた。

 次の日、昨日の光る石が気になって仕方ない僕は、海岸へ向かった。

 その時の僕は両親の事など関係無く、光る石が気になって仕方なかった。

 僕は海岸へ行くと、いつもは僕しかいない砂浜に。

 同い年くらい女の子が3人いた。



 眩しいな、もう朝か。僕の意識は夢から現実へと引き戻された。まだハッキリしない状態で時計を確認すると、どうした事か時刻は3時過ぎ。未だに外は真っ暗だ。

「まだこんな時間じゃないか。」

 では、この暖かな光は一体何なのだろう…。再度まどろむ意識の中で薄っすらと見えるのは、光を放ち隣で寝息?いや、苦しそうな呼吸をしている冬美ちゃん…だと、思う。


 コレハナンダ……。

 眠りに落ちそうになった意識を呼び戻す。目の前には光輝く冬美ちゃんの姿。恐る恐る額に手を伸ばす。普通に触れる事が出来る。くすぐったかったのか、薄っすらと瞳を開き笑顔を僕に向けると、眠るというよりも、意識を失った。苦しそうな呼吸をしている。

 それを見て非常に嫌な予感が走った秋次は、ぼやけた意識を奮い立たせて、夏奈と春香さんを呼びに行こうと、部屋から飛び出した。夜更けの事や女性の部屋とかそういった意識は既に無く、夏奈の部屋のドアを開け放つ。肩を揺すってみるも、冬美ちゃんと同様に光を放ち、意識も無い。

 僕自身どうしてこんなに焦っているのか、そんな事を考える余裕も無くなっていた。


 春香さん…。

 同様に部屋のドアを開けて肩を揺する。眩い光を放ちながらも、意識を取り戻す春香さん。慌てた様子の僕を見て、優しい笑顔を向けてくれる。

 そして、悪戯のバレた子供の様に瞳を逸らすと、どこから話を始めようかと悩みながらも一呼吸置いて語り始める。

[何も心配する事は無い]と始めに言葉を発した後、私達三人は、秋次君が作り出してくれたの。

 貴方はいつも、一人で寂しそうにしていた。そして、幸せな家庭や家族を切に願っていた。

「夏奈や冬美、私はそんな時に貴方と出会ったのを覚えてる?」

 何の事を言っているだろうと思いながらも、思い当たるのは子供の頃の…先程の夢の内容。

「私達三人は子供の頃の貴方に触れられた、月の欠片(つきのかけら)。純粋無垢だった貴方の心を、希望を適える為に生まれた欠片のチカラ。月の石の話は知っていますよね。」

と話す。

 それは勿論、月石市や月石町に住んでいる人で知らない人はいないと言う、見つけた人の願いを…叶えられるという…昔話…で…。

 フフフと笑顔を見せ、昔話では無いと語ってみせる。

 月の石は人の願いを叶えるのに力を使うと、砕けて欠片になるという。 

 そして、月の欠片は人に影響を与えられる程の力は無い。

 今回貴方は強い願いと…本当に偶然、欠片を3個一緒に拾ってくれた。

 普通、欠片は長い時間を掛けて力を蓄えるのだけれど、貴方が私達三人に力を、願いを与えてくれたから、成長しながら力を蓄える今の姿になる事が出来たの。

 欠片の力になる源は、人々の願い。

 その思いが大きければ大きい程、私達は力を蓄える事ができる。

 秋次君のお陰という。



 話が急過ぎる。昔話、御伽噺だと思っていた「月の石」…だと。上手く頭を整理出来るとは到底思えない。

 だが今、目の前にいる三人が月の石、月の欠片だったとしよう。

「難しい事は、いいんだ。最初に何も心配する事は無いって…。それは、本当に?」

 またもや春香は一呼吸置いて、秋次に語りかける。

「私達は三人合わせて、元々一つの月の石。」

 月の石に戻るだけの力が回復しつつあると言う。

「月の石になったら、春香さん・夏奈・冬美ちゃん、三人はどうなってしまうんだ?」

「私達は、月の欠片。貴方の願いを叶える為の存在。願いを叶えたら私達の存在なんて…必要が無くなるわ。」

 それは自らの存在の消滅を含んだ言葉。そんな事は秋次にも理解できた。柔らかな笑顔を見せながら。ゆっくりとした口調で話をする春香さん。

 秋次に笑顔を向けながら頬を伝う涙。まるで、春香さん自身が自分に言い聞かせているかの様な言葉。そして、三人の存在が消えて無くなる事を意味する言葉。

 僕は、一体何を願っているんだろう。子供の頃から僕は何を夢見ているのだろうか。

 春香さん達、月の欠片達の悲しい笑顔…か?


 子供の頃は、両親と仲良く生活する事が望みだった。それは多忙な父親と自我の強い母親。そして自分の殻に閉じ篭った僕が招いた結果が、離婚と今の一人きりの生活だ。そんな既にバラバラになってしまった家族を取り戻したいのか?

 ちがうだろ。違うだろ!僕は今の生活が大切なんだ。春香・夏奈・冬美・秋次の四人で生活している今の生活が、ずっと続く事が、今の僕の願い。

 僕の願いは…。

「心の奥底で、本当に秋次さんが、望んでいる願いは、な…に…?」

 春香さんも意識を失った。

 心の奥底。

 本当の僕は、何を望む…。何をするにも残り時間が少ないのは見て分かる通りだ。

 僕は、何を望む?散り散りになった両親との生活か?今の生活…なのか?

 外に日が昇り、日差しが窓から差し込む。リビングのソファーに腰掛たまま朝を迎えてしまった。



 玄関の扉が開く音がする。桜か。色々な思いで、頭がパンクしそうだ。

 そんな中、いつもと変わらぬ調子で入ってくる桜。あれ?今日はもう起きてるんだ。といった様子で後ろから抱き付いてくる桜。目にクマを作った顔を見て、驚いてどうしたのと声を掛けてくれる。

 僕自身どうしたんだろうな。桜に、夜の出来事を話してしまった。

 架空の事だと思っていた月の石の話。三人が月の欠片だという話。僕の願いを叶えたら…三人共、消えてしまう事。全てを打ち明けてしまった。

 僕がどうにかしないといけないのに。桜まで巻き込む訳にはいかないと、謝ろうと声を発しようとした時、

「知ってたよ。」

と、一言。

「私は月石町の明星神社の巫女だよ。」

と、サラッと言ってくれる。

「初めて三人と会った時から分かってた。」

 僕は「月の石」なんてモノ信じてなかったんだけどなぁ。僕は、今の生活。春香さんや、夏奈、冬美ちゃんのいる生活を壊したくない。心から、そう思える様になったんだ。

「でも、今更…、どうする事も…出来ないのか。」

 後ろから抱き付いている桜に秋次の頭を預ける。

 桜が一際強く抱き締め返す。

「私が何とかしてあげる。」

「何とかすると言っても…。」

と、言いかけた秋次の言葉を遮り、

「私は月石町の明星神社の巫女だよ!」

 もう一度同じ台詞を言われた。語尾に力強さを感じる言い回しで。

「ただ、欠片達(春香・夏奈・冬美)が今の生活を秋次と同じ様に望んで無いと、欠片の成長を停める事は出来ないから。」

と言われた。

 う、うん。大丈夫なハズ…。いつも暖かく見守ってくれた春香さん。言葉はサバサバしているが、お互いを大切に思っている夏奈。兄妹の様に接してきた冬美ちゃん。

 三人共、想いのカタチは違っても、今の日常を望んでくれている…ハズ。


 子供の頃の記憶を頼りにここまで来てくれた三人。両親との生活で感じた事の無かった安心感と、家庭的な生活を共有してくれた三人。振り返れば、子供の頃から…ずっと助けて貰ってばかりだった。

 月の欠片。いや、この娘達三人を…。今度は僕が、皆を助ける。



 桜は巫女装束と道具を取りに行くと行って家に戻って行った。僕は桜に言われた通り、春香・夏奈・冬美の三人をリビングに運んで、川の字に寝かせた。着替えを済ませた桜がリビングに戻って来て、まず神棚を作り、塩で陣を作る。

 僕が今までに見た事も無い様な、真剣な顔の桜がいる。そして、祈りを捧げる。

 短刀を持ち、神酒で刃を清め、秋次に短刀を向ける。

 え?と驚いた表情を見せると桜が説明をしてくれる。

「ちょっと傷を付けるだけだから。」

「いや、その説明怖いし。」

 短刀で指先に軽く傷を付けられて、血が滲む。

「血を秋次の唇に塗って、…三人に…キスしなさい。」

「え?き、キス?そんな儀式なのか!」

と言おうと思って桜を見ると、カナリ機嫌が悪そうなので…何も反論せずに従う。

 三人に口づけをし、秋次の血で唇に化粧を施した。桜が印を切り、祝詞の様な言葉を紡ぐ。

[契約者と従事者の願いの元に、契約と言う過去の鎖を断ち切れ。]

[そして、盟約と言う現在の希望を皆の者に。未来と言う願いを胸に抱き賜え。]

 暖かな風が部屋を覆い、秋次自身も心地良い空気に包まれた。中心にいる三人の光が徐々に弱まり、意識が…、戻った。

 春香さんは、貴方って人は…とでも言いたげな顔で笑った。冬美ちゃんは、スヤスヤと寝息を立てている。

 意識が戻り、状況を把握すると、意外にも僕に飛び付いて来たのは夏奈だった。

 いつもの強気な女の子は秋次の胸で涙をポロポロと流している。僕自身も、緊張の糸が切れてその場に腰を落とした。桜は安堵感と共に僕と夏奈を見て、ズルイと抱き付いてきた。

 もう、意味がわからない。意味がわからない…が、今の生活が戻った事がただ、嬉しかった。

 自然に笑顔と涙が溢れた。



 現在大学3年生となった秋次。日々講義とバイトを忙しなく消化する毎日だ。

 月の石が実在する事を、実際に垣間見る事になった秋次。けれど、その事を公に広める事も無く、のんびりと今でも四人で楽しく生活している。

 家に帰れば、春香さんの手料理があり、同じ大学に通う夏奈とは今も相変わらず楽しく過ごしている。春香さんは、家政婦というのか、主婦というのか…、大学を卒業してからは僕の家を守ってくれている。冬美ちゃんは…高校生となり、お…大人の女性の色気が…。そんな見た目で「お兄ちゃん」なんて言われたら、いや、実際に言われているんだけど。僕の理性が壊れる日も近いかもしれない…(汗

 月石町に「月の石」が何故言い伝えられているのか、実際の話が不明確なのか。

 「月の石」を見つける事が出来るのは[心の清らかな人間だけ]からかもしれない。

 望んで手に入るモノでは無い。だからと言って、願いを叶えるだけの存在でも無い。人を幸せにしてくれる存在なのかもしれない。なんて、事を思いながらも、僕は月の欠片達との生活を楽しんでいる。


 最後に、桜はと言うと…月の欠片達に対抗心剥き出しで、秋次のマンションに半同棲しております。一体何に対抗心を発揮しているのか…と、当の本人である秋次はいつもの超鈍感っぷりを発揮しています。勿論僕はリビングのソファーがベット代わりですが…。

 皆が皆、

「私の部屋で一緒に寝ましょう!」

なんて事を言い合っておりますが、今の所は聞き流しております。

 頑張れ!!俺の…理性…と、天使と悪魔と精神力t・・・etc。4LDKが足りなくなるとは思いもしなかった。

 この日常がずっと続きますように!!

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