4 見知らぬ天井と見馴れた夢
武志が再び目を覚まして最初に見たのは、見知らぬ天井だった。
焦点がなかなか合わないまま、見知らぬ天井を見つめながら、ここはどこだと疑問が浮かんだ。
頭を動かして起き上がろうとするも、身体に力が入らなかった。
ならばと声を出そうとするも、声の出し方さえ忘れたのかと思うほど、声が出なかった。
身体が思ったように動かないので、目を動かした。
見える範囲には白い天井と壁、開けられたカーテン、そして陽の光が差し込む窓。
皆は、瑠璃は、一体どうなったのか。
足音が聞こえた。
部屋に近づいてくる足音。
話し声も聞こえるが、何を言ってるかまではわからない。
ぼんやりとしたままの頭の中に、部屋と廊下の情景がぼんやりと広がっていく。
部屋の匂いから、かつて嗅いだ記憶が蘇る。
ああ、ここは病室だ。
武志がそう思い至ったタイミングで、スライド式のドアが開かれた。
「オーイ、武志よー。そろそろ目覚めたか──」
刀兵衛の声が聞こえて武志は安堵した。
泣いてしまいそうだった。
返事をしたかったが、相変わらず声は出なかった。
「ってオイ、目覚めたのか武志!? 良かった、本当に良かった。す、すぐにお医者さん呼んでやるからな、安心しろ!」
武志の顔を見た刀兵衛は慌ててベッドに近寄り、ナースコールのボタンを押した。
武志は刀兵衛の動きを、目だけで追っていた。
俺は、助かったのか?
そう武志が思ったのは、安堵からだけではなかった。
俺は助かった、なら他の皆は? 瑠璃は?
今すぐにでも聞きたい疑問だったが、言葉にはできなかった。
病室に近づく足音がいくつか聞こえる。
次第に病室が騒がしくなってきた。
見知らぬ声がいくつも聞こえて、そこに刀兵衛の声も混じって聞こえたが武志はよく聞き取れなかった。
動きもしない身体から疲労感だけは感じ取れた。
それがじんわりと身体を支配していくのを感じていると、だんだんと意識が遠のいていった。
気を失うような恐怖ではない。
ただ、強い眠気が襲ってきただけだろう。
眠気が意識を覆い、武志は瞼を閉じた。
眩い光が瞼に差して、武志は目を開けた。
目の前には姉、ユリの後ろ姿があった。
変わらぬ姉の姿に武志は夢だと理解した。
黒いロングヘアーに、ピンクのワンピース。
武志がまだ幼少の頃に見た最後の姉の後ろ姿。
ユリは武志の方を振り向かず、まっすぐと歩いていく。
追いかけようとしても足は動かず、手を伸ばそうにも腕も動かない。
無駄だとわかっていても、呼び掛けようとしたがそれも叶わなかった。
ああ、いつもの夢だ、と武志は幾度となく抱いた諦めを再び感じた。
幼い自分には、亡くなった姉をただ見ていることしかできなかった。
姉は自分の事を見向きもせずに消えていくのだ。
何も出来ない虚無感だけを抱く時間が流れ、ユリの歩みは進んでいく。
眩い光の先に、影で形作られた人型が立っている。
ユリはその影に誘われるように歩みを進める。
その影を武志は、父親なのだと思っていた。
幼少時には既に居ないものと姉に説明されていた父親がそこに立っているのだと、武志は思っていた。
そうして、父親の影に近寄り姉は立ち止まり消えていく。
いつもの夢だ、さっさと終わればいいのに。
夢の中だけでも姉に会いたいという気持ちは、幾度と抱いた諦念が薄れさせた。
この夢には希望がない──武志は、ただ終わりを見つめることしかできなかった。
ユリの姿が光に溶けるように消えていく。
いつもの夢なら、そうやって終わるはずだった。
しかし、ユリの身体は突然黒い炎に包まれた。
身悶えるように揺れる姉の姿に武志は驚愕する。
何度も見た夢では動かなかったはずの足が、今は動いた。
武志は走り出していた。
「姉さんっ!!」
絞り出すようにして声を発する。
自分の声を久しぶりに聞いたような気がした。
黒い炎がユリの身体を燃え尽くさんと大きく揺れる。
武志が伸ばした手がユリの肩を掴んだ。
炎に包まれたユリが振り返った。
ようやく武志に振り向いた。
黒い炎に包まれたユリの顔は、しかし、涙を流す瑠璃の顔だった。
驚いた武志は思わずユリの身体から手を離した。
そこで、夢は終わった。




