3 山道と衝撃
バスに揺られて、すでに二時間。
野佐来が怒鳴る寸前の空気感を漂わせながらも、二年C組のバスはそれなりに賑やかだった。
バスガイドはいるものの、十五分程度挨拶とガイドをした後、野佐来の話し相手となっていた。
武志は司馬や近くの生徒たちと話しつつ、通路越しに瑠璃の様子を気にしていた。
車酔いを気にしてか、あまりはしゃがないよう控えめにしている。
隣に座る青西も窓の外の景色ばかり見ている。
窓の外は木々ばかりが見えた。
すっかり山道に入ったところだった。
対向車線からあまり車は来ないが、バスが通るにはなかなか不安になるうねりが続く道だった。
坂道なのもあってかなりスピードを抑えて走ってるのが木々の流れからわかった。
「想像以上に山、だな」
武志の視線に気づいて司馬が先程まで続いてた会話を止めて呟いた。
昨日のテレビか、先週の配信か。どちらも見ていない武志には、話がそもそも頭に入っていなかった。
「観光バスが行ける場所だし、まぁ、観光地としてはちゃんとしてるんじゃないか?」
瀬戸宮が司馬の呟きに合わせるように声を小さくして返す。
「その理由じゃ弱くないか? なぁ、本庄?」
司馬が問いかけるが、武志は上の空で窓の景色を見ていた。
流れゆく森林。
それは単なる景色ではなく、いつか見た映画のワンシーンのように脳裏に焼きついていた。
「どうしたんだよ、本庄? ボーッとしちゃってよ」
司馬が武志の肩を小突く。
「あ、ああ、なんかさ、俺、この景色見たことあるなぁって──」
思うんだ。
そう言葉を続けようとした刹那、バスが大きく揺れた。
どよめきと悲鳴。
何が起きたのか、と頭に浮かんだ言葉が口からでる前に今度は爆発音。
ドンッ、と一瞬の炸裂が耳に聞こえた時には身体は浮遊感に包まれていた。
きしむ音とともに、バスが大きく傾いた。
「何かに掴まれっ、早く!!」
どよめきと悲鳴の中、野佐来の怒鳴り声が響いた。
武志は咄嗟に目の前の座席背面部に付いている取っ手を掴んだ。
うわっ、と司馬の声が耳のそばで聴こえて視線を向けると座席から宙を浮くように離れていたので袖を掴んだ。
その先に瑠璃の姿が見えた。
青西とお互いを守るように抱き合っていた。
強烈な重圧《G》が身体にかかる。
天井に引っ張られ、横に押し出される。
方向感覚を奪われるほどの力が、体を宙に浮かせた。
ガッシャン、とバス全体を揺らす衝撃が起きて窓が粉々に飛び散る。
武志が袖を掴んでいたはずの司馬の身体が、天井だと思っていた場所に落下して叩きつけられる。
武志が司馬に手を伸ばそうとした瞬間、瀬戸宮の手がその腕を引き戻した。
「やめろっ、お前も落ちるぞ、本庄!」
武志は瀬戸宮の忠告を意に介さず、腕を伸ばそうとする。
自分が今どんな状態になってるのか、理解は追いついていなかった。
身体が座席を離れ、浮遊感が増す。
おいっ、と瀬戸宮の声がした。
気がつけば周りのどよめきと悲鳴は聞こえていなかった。
痛いと訴える声と、誰かが誰かの名前を叫ぶ声が聞こえた。
瀬戸宮の手が離れて、武志の身体に落ちる感覚がグッとのしかかった。
バスは逆さを向いてるのか、とひどく落ち着いた感想が頭に浮かんだ。
今のままだと頭から落下するな、と武志は身の翻し方を考えていた。
天井に落下した司馬の身体が動いたように見えた。
いや、浮かんだように見えた。
浮かんでスーッと横にスライドしていく。
「司馬っ!!」
武志が上げた声は司馬に届くことなく、新たな衝撃とバスが壊れていく音にかき消された。
身体と頭部で別々の向きに重圧がかかり、揺さぶられた意識は朦朧としていく。
視線の先にあった司馬の姿は何処かへと消えて、武志は自分が今どういった状態なのか改めて見失った。
霞んでいく視界の中で瑠璃の姿が窓から飛び出していった。
瑠璃の名を呼ぼうとしたが、息すらできず、武志の意識は闇に沈んでいった。
どよめきも、悲鳴も、痛みの訴えも──誰の声も、もう何ひとつ届かなかった。




