34 迎撃と襲撃
──北門周辺。
夜の闇、視界の取れない街道の先から地響きのような唸りと蹄音が混ざる。
黒い影が複数、地を駆け、牙を剥く。
魔狼。
それも、十を超える群れ。
血に飢え、街の内に潜む何かに呼ばれるかのように門を目指して突進してくる。
「来たぞ、今度はまとまった数だ!」
そう叫んだのは、筋骨隆々たる巨体──ブッレヤクサ。
両手に握られた大斧が、月光を反射して鈍く光る。
「任せて!」
隣では、ミュレットが魔素を練り集め、前方へ火球を放った。
ドォンッ!!
轟音と共に火の爆裂が地面を這う。
駆けていた魔狼数体が直撃を受け、黒煙に包まれて吹き飛ばされた。
だが、全てではない。
炎を警戒して大きく迂回してきた魔狼数匹が、ミュレットたちの横へと回り込む。
「抜けさせるかよォッ!!」
ブッレヤクサが吠える。
大斧が弧を描き、振り下ろされる。
逃げようとした魔狼一体が、骨ごと砕ける音を立てて地面に叩きつけられた。
次いで、回転の勢いのまま、別の魔狼を横薙ぎに吹き飛ばす。
豪快なその一撃に血飛沫が舞い、数メートル先の石壁に魔狼の体がぶつかって叩き潰された。
「ハッ、どいつもこいつも骨が軽ェな!」
片手で斧を回しながら笑うブッレヤクサに、ミュレットが苦笑まじりに声をかける。
「体力お化けなの、オジサン……っ。私、もうちょっとで魔素切れ起こしそうなんだけど!」
肩を上下させながら、ミュレットは額の汗を拭う。
だが次の火弾に備えて再び魔素を練り始める。
休んでいられる戦場ではない。
「疲れたなら休んでくれていいぞ、嬢ちゃん。オレが一人で片付けても構わねぇさ」
頼もしげに言いながら、ブッレヤクサは後方から迫ってきた魔狼を察知。
振り返りざま、重心を低く構え――
「らぁっ!!」
大斧を地面ごと叩きつけた。
轟くような音と共に魔狼の下顎が砕け、勢いのままそれが浮いたところへ追撃の斧が背骨を断つ。
一方その頃──。
北門の内側、つまり街の中からも魔狼が現れていた。
通りの暗がりを抜け、四本足の獣が次々と駆ける。
それらを迎え撃っていたのは、一人の青年。
青い甲冑。
身の丈ほどある大剣。
戦場ではひときわ目立つその姿――ノールだ。
「はッ!」
重そうな剣が、軽やかに唸る。
刃が振るわれた瞬間、風が裂ける。
跳びかかろうとした魔狼の首が飛び、後続の一体は斜めに両断された。
その動きに、重さは感じさせない。
踏み込んで、回転し、斬り上げる。
剣筋が鮮やかに光を反射し、青の甲冑が流れるように動く。
瞬く間に三体、四体と魔狼を仕留めていく。
「はぁ……ッ」
ノールが息を整え、背後を取ろうとしていた魔狼へと剣を滑らせる。
身を低くしながらの横薙ぎ。それが確実に喉元を断つ。
地面に倒れる魔狼の上に、静かに立ち尽くすノール。
その姿は、まるで戦いの“型”そのもののようだった。
やがて──。
門の外、ブッレヤクサがふと動きを止め、ちらりとノールの方を見やる。
その足元には、斬り伏せられた魔狼の群れ。
魔素へと溶けていくそれらの姿に、ブッレヤクサは満足げに口の端を吊り上げる。
「へぇ……話に聞いていた以上の実力ってとこか」
その声に、ミュレットも息を吐きながら頷いた。
「……ノールの体力バカさ加減は、見てるこっちが疲れるのよね」
門の外も静まりつつある。
迫ってくる魔狼の数は、目に見えて減っていた。
──北門の迎撃戦は、勝利に近づいていた。
荒く息を吐きながら、ブッレヤクサは斧を肩に担いだ。
十を超えた魔狼の死骸も魔素へと溶けていき、北門周辺に群れの姿はもう見当たらない。
「……ひとまず、外からの魔狼は片付いたな」
ミュレットが息を整えつつも油断なく周囲を見渡す。
「まだ完全に収まったって感じはしないけど……でも、数はずいぶん減らしたね」
「ま、片付けんのは俺様たちだけじゃねぇ。北門の防衛、あとはギルドから応援を呼ぶか。今度は街中に入って、襲撃者を追う番だ」
ブッレヤクサの言葉に、ノールがすぐに頷いた。
「了解。……街の東側──宿の辺りには俺の仲間がいるはずなんだ。そっちは彼らに任せよう。俺たちは西か南……」
「西にはギルドがあるからな、人手は足りてるってこった。消去法で、南側が残ったな」
ブッレヤクサが歩き出そうとした、そのときだった。
──ダッ……ダッ……ダッ……!
固い地面を踏みしめる足音が闇夜に響く。
火の手が上がる街の灯りが、その足音の主たちの影を、長く、濃く、地面に落とす。
「……誰か来る!」
ミュレットが叫び、杖の先端に魔素を集中させる。
ノールも剣を構え、ブッレヤクサは斧を片手に、正面の通りを睨み据えた。
街の中央通り。
ぼんやりとした炎に照らされ、複数の人影が浮かび上がる。
走っているようだが、避難する住民というわけではないだろう。
「──止まれ!」
ブッレヤクサが吠えるように言った。
だが、人影たちは応じない。
むしろ、こちらの声に反応したかのように速度を上げる。
「……チッ、この状況で“誰かわからねぇ奴らが突っ込んでくる”ってんなら――」
斧を肩から下ろし、構えるブッレヤクサの表情に、獣を狩る戦士の顔が浮かんだ。
「”敵”だなぁ、オイッ!」
「了解!」
「は、はい!」
三者三様に武器を構え、火の手の中、再び戦いの火蓋が切って落とされようとしていた――。




