13 失われた手足と掴んだ手
片翼が──片腕が粉々に吹っ飛ばされた。
しかし、司馬には痛みなど無かった。
痛覚すら吹き飛ばすほどの衝撃だったのか。
残ったのは、失ったという喪失感だけだった。
バランスを崩し仰向けに倒れた。
先程まで飛び上がっていた夜空が酷く遠くに見える。
左腕も左足も──もがれたはずの箇所に痛みは無かった。
それが自分自身の異常によるものなのか、武志の異常によるものなのか、判断できなかった。
「救う、だと?・・・・・・殺すの間違いだろ?」
司馬は笑うように口を歪める。
左腕と左足をもがれて、しかし、その切断面からは血は流れない。
赤い血すら流れないのか、と自分が人間ではない何かになったのだと改めて思い知らされる。
「本庄、お前はまだ赤い血を噴き出していたってのに、オレは血すら流れねぇ。お前はまだ人間で、オレはもう化け物でしかないっていうのか。つくづく嫌気が差すぜ」
「司馬、そんな簡単に諦めんなよ」
「ハハハ、持つものはすぐにそうやって言うんだ。諦めんなよ、って軽々しくな。諦めるのにどれだけの気力が必要かも知らずにな」
司馬の耳にバスケットボールが地面を叩き跳ねる音が聴こえてきた。
バスケットシューズが体育館の床をキュッと鳴らす音が聴こえる。
幻聴だ、確かな幻聴が聴こえる。
子供の頃から好きだったバスケからはすっかり身を引いたのだ、暫く近寄ってすらいない。
憧れた場所に居続けるほど、自分の才能のなさを痛感し、そこが自分の居場所ではないと知る。
もっと素早く動けたならば、もっと周りを把握できたならば、もっと高く飛べたならば。
居場所にしがみつくための努力はしたはずだ、たくさんたくさんしたはずだ。
努力すればするほど、足掻けば足掻くほど、自分自身が“ここはお前の場所じゃない”と語りかけてくる。
そして言われるのだ、自分の場所を確かに持っているものに、諦めんな、と。
「何を、諦めんな、なんだよ、オレはもう人間じゃねぇよ、本庄。見ろよ、お前がもぎ取った部分をよ、血も流れねぇし痛みもねぇよ。受け入れるしかねぇ、化け物であることを。認めるしかねぇ、もう戻れないってことを。人間であることを奪われたんだよ、お前の父親と姉貴に!!」
「奪われたなら、取り返せばいいだろっ!! 諦めんじゃねぇよ、お前はまだ人間に戻れるっ!! 戻してやる、この俺が!!!」
司馬の視界に武志の右手が映る。
伸ばされた手、黒鉄の外装は肌に吸い込まれるように消えていき、本来の武志の皮膚が見える。
この手はきっと、あのバスの中でも伸ばされていたものなのだろう。
「お前が吹っ飛ばしたってのに、手を掴めっていうのか?」
だけど、司馬は、その手を掴む腕を失っていた。
右手はまだ醜い翼のままだ、その手は掴めない。
「何言ってんだ、ほら、左手、伸ばせよ」
黒鉄の外装が消えた武志が司馬の顔を覗き込むように見る。
司馬は武志が何をいってるのかわからなかった。
武志の表情は笑みを浮かべていて、頭がおかしくなったのかとすら思える。
全身にまとわりつく何かに頭をやられたのだろうか、微笑む顔をひっぱたきたくなった。
正気を取り戻せだなんて、どの口が言えるんだ――そう思うと、司馬は何だか可笑しくなって、言われた通りに手を伸ばしていた。
あるはずのない、失った左腕を。
伸ばされた手を掴むために動かした。
「やっと、掴んだ」
司馬の視界、眼前にあるはずのない自分の手が見える。
確かに自分の意思で動かしたのだけれど、それは信じられない光景だった。
蝙蝠の翼ではない、人間としての手が武志の手を掴んだ。
「な、んで・・・・・・」
「司馬、お前本当に気づいてないのか? 回復、いやこの場合は修復か復元っていうのかな。お前の身体もしてるんだよ、俺と同じようにさ」
武志は司馬の身体を引っ張り起こす。
左腕も左足も、元の司馬の身体へと戻っていた。
蝙蝠の翼でも皮膚でもないので、少しばかりちぐはぐした見た目になっている。
「再生力はお前の固有能力じゃないのか?」
「さぁ、違うんじゃないか。司馬の手足の復元具合から見ても俺だけずば抜けてるとかでもないみたいだし、このまとわりつく何かの力なんだろうな」
「じゃあ、お前は能力でオレの身体を吹っ飛ばしたわけじゃないのか」
「ん、そういうことになんのかな。まぁ、気合いだ、気合い」
あっけらかんと言い捨てる武志に司馬は唖然とする。
「俺ほら、日頃から叔父さんに言われて鍛えてるからさ、努力の結晶というか、日々の積み重ねというか」
努力はまだまだ足りてはいない、そう武志は理解している。
理性が一瞬まとわりつく何かに持っていかれたのは確かだ。
誰かを助けようとするならば、その手はまだまだ伸ばしても掴みきれないだろう。
けれど今は、確かに掴んだものがある。
「司馬、やっと落ち着いて話ができるみたいだな」
掴まれた手の温もりに、司馬はつい先程まで抱いていた怒りを不思議と抑えることが出来ていた。




