表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

君と、星が降る夜に

【登場人物】

麻衣まい・27歳・編集者

奏多かなた・27歳・エンジニア



8月の夜風には、ほんの少し秋の匂いが混ざっていた。仕事を早めに切り上げた私は、ひとりで展望台へと続く坂道を登っていた。街灯の明かりがアスファルトにやさしく落ちて、夜の静けさに溶け込んでいた。


胸の奥が妙にざわついている。こんな気持ちになるのは、いつぶりだろう。


彼から届いたメッセージは、たった一文──「流星群、覚えてる?」


見間違いかと思って何度も見返した。でも、間違いじゃなかった。その名前を見た瞬間、胸の奥にしまい込んでいた記憶が、あふれるようによみがえった。


展望台に着くと、あたりはすでに暗くなっていて、ベンチの輪郭だけがぼんやりと浮かんでいた。私が好きだった場所。誰にも教えたことのなかったこの場所を、彼だけは知っていた。


「久しぶり…だね」


その声に振り返ると、そこに彼がいた。


懐かしくて、でもどこか変わった笑顔。少し大人びたその表情に、胸がぎゅっと締めつけられる。言葉を探しても、うまく出てこなかった。


私たちは無言のままベンチに並んで座った。静かな時間。虫の声や、木々を抜ける風の音が、ふたりの間をそっと包んでいた。


ぽつりぽつりと、お互いの近況を話す。あの頃、ちゃんと「さよなら」を言わないまま、すれ違ってしまった私たち。だからこの時間は、置き去りにしてしまった想いを、少しずつ拾い集めるようだった。


「ペルセウス流星群、覚えてる?」


彼が空を見上げながら言った。


「うん。……あなたが言ってたでしょ。『願い事、言わなくても叶うかも』って」


私の声は少し震えていた。怖くてごまかして、見ないふりをしてきた気持ち。でも今なら、ちゃんと向き合える気がしていた。


「……麻衣。俺、あのとき言えなかったことがあるんだ」


彼の横顔が月明かりに照らされて、切なげに揺れた。


「本当は、ずっと君のことが――」


そのときだった。夜空に一筋の光が走った。


流れ星。まるで彼の言葉の続きをそっと受け取るかのように、きらりと輝いて消えていった。


私は、黙って彼の手に自分の手を重ねた。


「私もね、ずっと忘れられなかったよ」


手のひらから伝わるぬくもりが、何よりも確かだった。


星がまたひとつ、そしてまたひとつ流れていく。


「今日は、願い事しなくてもいいかもしれないね」


私がそう言うと、彼は少し照れくさそうに笑って答えた。


「うん、もう叶ってるから」


気づけば、東の空が少しずつ白みはじめていた。夜明けが近づいている。


「また……来ようよ。来年のこの夜に」


私の声が、静かな空気を揺らした。


「うん。約束だね」


手をつないだまま、私たちはゆっくりと歩き出した。ひんやりとした朝の空気が、頬をやさしくなでていく。


あの頃の私は、言葉にできない想いを抱えたまま立ち止まっていた。


でも今は、少しだけ前に進めた気がする。


願いごとをしなくても、叶う夜がある。


──この夜空が、それを教えてくれた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ