君と、星が降る夜に
【登場人物】
麻衣・27歳・編集者
奏多・27歳・エンジニア
8月の夜風には、ほんの少し秋の匂いが混ざっていた。仕事を早めに切り上げた私は、ひとりで展望台へと続く坂道を登っていた。街灯の明かりがアスファルトにやさしく落ちて、夜の静けさに溶け込んでいた。
胸の奥が妙にざわついている。こんな気持ちになるのは、いつぶりだろう。
彼から届いたメッセージは、たった一文──「流星群、覚えてる?」
見間違いかと思って何度も見返した。でも、間違いじゃなかった。その名前を見た瞬間、胸の奥にしまい込んでいた記憶が、あふれるようによみがえった。
展望台に着くと、あたりはすでに暗くなっていて、ベンチの輪郭だけがぼんやりと浮かんでいた。私が好きだった場所。誰にも教えたことのなかったこの場所を、彼だけは知っていた。
「久しぶり…だね」
その声に振り返ると、そこに彼がいた。
懐かしくて、でもどこか変わった笑顔。少し大人びたその表情に、胸がぎゅっと締めつけられる。言葉を探しても、うまく出てこなかった。
私たちは無言のままベンチに並んで座った。静かな時間。虫の声や、木々を抜ける風の音が、ふたりの間をそっと包んでいた。
ぽつりぽつりと、お互いの近況を話す。あの頃、ちゃんと「さよなら」を言わないまま、すれ違ってしまった私たち。だからこの時間は、置き去りにしてしまった想いを、少しずつ拾い集めるようだった。
「ペルセウス流星群、覚えてる?」
彼が空を見上げながら言った。
「うん。……あなたが言ってたでしょ。『願い事、言わなくても叶うかも』って」
私の声は少し震えていた。怖くてごまかして、見ないふりをしてきた気持ち。でも今なら、ちゃんと向き合える気がしていた。
「……麻衣。俺、あのとき言えなかったことがあるんだ」
彼の横顔が月明かりに照らされて、切なげに揺れた。
「本当は、ずっと君のことが――」
そのときだった。夜空に一筋の光が走った。
流れ星。まるで彼の言葉の続きをそっと受け取るかのように、きらりと輝いて消えていった。
私は、黙って彼の手に自分の手を重ねた。
「私もね、ずっと忘れられなかったよ」
手のひらから伝わるぬくもりが、何よりも確かだった。
星がまたひとつ、そしてまたひとつ流れていく。
「今日は、願い事しなくてもいいかもしれないね」
私がそう言うと、彼は少し照れくさそうに笑って答えた。
「うん、もう叶ってるから」
気づけば、東の空が少しずつ白みはじめていた。夜明けが近づいている。
「また……来ようよ。来年のこの夜に」
私の声が、静かな空気を揺らした。
「うん。約束だね」
手をつないだまま、私たちはゆっくりと歩き出した。ひんやりとした朝の空気が、頬をやさしくなでていく。
あの頃の私は、言葉にできない想いを抱えたまま立ち止まっていた。
でも今は、少しだけ前に進めた気がする。
願いごとをしなくても、叶う夜がある。
──この夜空が、それを教えてくれた。