EP3「喜んで頂けたようで何よりです」
テーベル王国の国王が可愛がっている愛猫のスフィンクスが今年で生誕7回目を迎える。
それを祝して国中でお祭りが2日間催されている。
前夜祭の朝(今朝)、クムヌヌポリス村を出発し、祭りの開催場所であり国王が住む町、ヘルモポリスにバーリアとアヌビスは訪れていた。
二人は猫族の獣人が依頼した魚頭を届けに隊商宿のロビーで待つことに。
しばらく待っていると、白と黒のヒョウ柄に似たエジプシャン・マウの耳と尻尾が生え、黄緑の瞳をした猫族の獣人の女性。その隣にはナマズ顔で細いヒゲを生やした顔の割にがっちりした体型の魚人族の男がバーリア達の前にやって来た。
猫族の女性「あの、役所で依頼した魚頭を受け取りに来た者ですが……」
アヌビス「はい。お待たせて申し訳ありませんでした。こちらの麻袋に入っているものが依頼の品でございます。取り出して確認して頂いてもよろしいでしょうか?」
猫族の女性はアヌビスから中くらいの麻袋を受け取ると言われた通り袋の口を広べ、袋の中から彫刻を取り出した。
魚人族の男「木製の彫刻かぁ、これはなかなか見事な出来栄えだな」
最初に感想を述べたのは猫族の女性ではなく隣にいた魚人族の男性だった。
猫族の女性「本当に。まるで先ほどまで泳いでいたかのようにリアルですね(笑)これなら長も喜びます。ありがとうございます」
猫族の女性は深く頭を下げた。
アヌビス「喜んで頂けたようで何よりです。本当は石灰石で作る予定でしたが、持ち運びする事を考慮したので、石より腐敗速度は早いかも知れません」
バーリア「その時はまた依頼して頂戴、アヌビスが受けてくれるから!」
横からバーリアが口を挟んだ。猫族の女性はくすくすと笑っている。
猫族の女性「あ、はい。その際はよろしくお願いします。……それでは私はこれで失礼します」
猫族の女性は軽く会釈し麻袋を両手で抱え、宿泊している部屋へ走り去ってしまった。
アヌビス「あ、報酬のお金……」
魚人族の男「オレが代わりに払ってやるよ」
そう言って、魚人族の男は報酬金15,000ポンドールをアヌビスに支払うと、まっすぐ真剣な目でバーリア達を見つめ自身の話を突然語り出した。
魚人族の男「事の発端は……オレ達が生業にしている……」
バーリア「ちょ、ちょっと待って……」
バーリアは魚人族の男の話を遮った。こんな誰が盗み聞きしているか分からない隊商宿のロビーで話をする内容ではないと勘づきバーリアは比較的安全な実家の道具屋の2階の1部屋を借りて話を聞く事にした。
魚人族の男の名はクアトといい。ナイル川で漁業を生業にしている。だから顔に似合わずがっちりした逞しい体型なのだとアヌビスは静かに頭の中で合点がいった。
話がそれてしまったが、クアトが言いかけた事に戻そう。猫族が今回依頼した内容は自分達に原因があるかもと言い出した。
クアト「近隣諸国で争い事が起きているのは知っているか?」
バーリア「えぇ。でも詳しく知らないわ」
アヌビス「ナイル川上流地域と下流地域のことでしょうか?」
クアト「あぁ。そうだ。前国王陛下の時代に結んだ平和条約を上流地域に住む奴らが破り再びダム建設を無断んで進めようとしている噂が流れているらしいんだ……」
クアトは首を傾げて続けた。
クアト「だけどよ、オレの漁業仲間に上流地域に住む奴がいうには『ダム建設の話は一切聞かされていない』というんだ。奇妙だろ挙句の果てに下流地域のオレ達がダム建設を始めたなんていう根の葉もない噂が立っているらしいんだ」
クアトは頭を抱えた。この話が事実ならお祭りどころではない筈だ。
アヌビス「きっと誰かが嘘の情報を流しているだけですよ」
クアト「そう……だよな」
クアトは話を聞いてもらったことで安堵したのか急に立ち上がり、隊商宿へ帰って行った。
国王の愛猫を祝う誕生祭は無事に幕を閉じた。猫族による奉納の演舞は多くのギャラリーがいてアヌビス達は人々の隙間から覗く程度だった。
EP3(完)