EP2「こちらの品はどういったものですか?」
床に置いたままの麻袋の口を広げアーディル達の邪魔にならない位置に2、3品カウンターの上にアイテムを並べてゆく。
実はバーリアがアーディルの対応している最中、アヌビスは麻袋の口を開き査定していたのだ。
レジ横にいるバーリアは不服な顔をして鼻をふんっと鳴らす。そして差額の3,500ポンドールをアーディルに手渡した。
機嫌を損ねたまま彼女は客側からは見えにくいカウンターの下に設置している収納棚から綿で織られたハンカチサイズ程の布切れと青銅で作られた拳くらいの大きさのある頭蓋骨の置物を取り出し、その置物にはぁと息を吹きかけ磨き始めた。
一方アヌビスはカウンターの上に置かれたアイテムの中から一つ手に取る。薄い四角い鉄板で表面の上下や左右は勿論、斜め上下、左右にまで文字が刻まれ、中央に磁石で作られたスプーンのような形状した黒い石が乗ってある。指でそのスプーンを時計回りにまわすとクルクルと回った。指を離すと【子】(北)と刻まれた位置でスプーンの柄尻は差し止まった。初めて見るアイテムに興味深々なアヌビスは、アーディルに見せながら問う。
アヌビス「こちらの品はどういったものですか?」
バーリアから受け取った紙幣を懐にしまった、アーディルはティーカップに半分残った紅茶を一気に飲み干した後、
アーディル「それは中国で作られた方位を指し示す羅針盤というAランクアイテムだ。我々の国でいうコンパスだよ。亡くなった老父の息子家族が教えてくれたんだ。老父が若い頃、町に来た貿易商人から高値で買ったそうなんだ。その家族が要らないから貰って欲しいって言うんだがな……俺も仕事柄使うことはなくてなぁ」
と困った顔で返した。教会の牧師は国王からのお達しが無ければ易々と国外に出ることは許されないのである。
アヌビス「ご教示ありがとうございます。持ち主が使わなくなってもきっと誰かの役に立ちますからねぇ」
アーディル「そうだろうな。……じゃあ、そろそろ俺は戻るわ」
アーディルはドアの方へ歩いて行きドアを開けた。アヌビスはその後ろをついて行きアーディルが店を出て数m歩いたところまで見送っている。ついでに店のドアノブに紐で掛けた【Close】と書かれた薄い木の板をひっくり返し、【Open】と書いた方を外から見えるようにドアノブに掛け直す。
アヌビスは店内に戻ると、アーディルが呑み干したティーカップを手に取り、キッチンへ向かい洗い始めた。
洗い終えると乾いた布巾でティーカップについた、水気を落とし食器棚へ戻す。
それから店内に戻って羅針盤を再び手に持ち眺めた。
あれからずっと青銅の頭蓋骨を磨いているバーリアに話しかけた。
アヌビス「女主人様はこの羅針盤にご興味はないのですか?」
ちらりとバーリアは羅針盤に目を向けるが、すぐさま頭蓋骨に向き直ってしまった。
バーリア「ないわね。あぁ、でも骨とかで飾りづけされていたら興味が湧くかもね」
アヌビスの思っていた通りバーリア(女主人)は骨細工や骨以外のものは興味が薄い。曲がりなりにも骨董店の女主人なので他の物が全く興味が無いわけでもないらしいのだが……。
バーリアは何かを思い出したように話し出した。
バーリア「……そう言えば店の裏に大魚の頭の彫刻が置いてあったのだけど、あれアヌビスの趣味?」
アヌビス「違いますよ。あれは猫族の獣人からの依頼ですよ。近い内国内でお祭りが催されるので、演舞で使う腐敗の遅い魚頭が欲しいと依頼書が役所で掲示してありそれを受注したまでです」
アヌビスは時々役所へ訪れていた。店の売り上げ貢献の為掲示されている依頼を請け負う事と国内の情報収集の為だ。そうでもしないとこの骨董屋は潰れかねないくらい現在経営は難航している。
この国で猫は神様として崇められている。国王陛下が飼っている愛猫が今年で7回目誕生日を迎えるそうだ。それを祝しこの国で神の使者と呼ばれる猫族が、神への供物として魚頭を捧げ舞を披露する。
バーリア「あれって毎年本物の魚を使ってなかった?」
アヌビス「えぇ。ですが、今年は供物用の大きい魚が手に入らなかったみたいですね。近隣の諸国で争い事が起きてしまい買い付けが出来なかったと猫族の方が役所の受付の女性に愚痴をこぼしながら依頼されたらしいですよ」
バーリア「詳しいわね」
アヌビス「受付の女性がこっそり説明してくれました」
バーリア「そう。それにしても争いね……死者は出たのかしら?」
アヌビス「どうでしょうね?その辺りは受付の女性は何もおっしゃってませんし。……女主人様、何かよからぬことを考えてませんか?」
アヌビスは眉間に皺を寄せ半目で女主人をじっと見つめる。バーリアはアヌビスから図星を突かれ視線をそらしてしまった。死者が出ればまたアーディルが遺留品の買取りで査定しに来て、その時に自分が欲しいSランクアイテム【黄金に輝く頭蓋骨】が手に入るかも知れないと思ったからだ。
バーリア「そ、そんなことはないわよ。さぁて仕事、仕事」
青銅の頭蓋骨をカウンターの下の収納棚に片付け、床に置いたままの重い麻袋の口を閉めて両手で袋を抱えて店の奥へ去って行った。
EP2(完)