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第9話 親父を越えるバンカーになる

聖城が去った後すぐに瑠美菜が仁のもとにやってきた。


「ごめん、お待たせ!」


 瑠美菜は路上ライブをしていたアイドル衣装から制服になっていた。


「大丈夫だ。それじゃあ、そこら辺のカフェにでも行こう」

「うん」


 ふたりは近くのカフェに移動する。


 仁はブラックコーヒーを頼み、瑠美菜はココアを頼む。

 ふたりがそれぞれ頼んだ飲み物を飲み、落ち着いたところで仁が口を開く。


「まずは謝らせてほしい」

「え、なに?」


 瑠美は不安そうに仁を見つめる。


「お前のことを調べさせてもらった」

「それって……」

「お前の母親のことだ」


 瑠美菜は目を見張る。


「そ、それは……ごめんなさい」

「なにを謝ることがある?」


 仁は毅然とした態度でいる。


「それは……」

「俺を利用しようとしたことか。そんなことはどうでもいい」

「え」


 瑠美菜は母親の治療費を稼ぐためにアイドルになる。そしてアイドルとして仁から個人株を出品させ、資金を準備しようとした。

 それは仁を利用したと言っても過言ではない。

 しかし、そのことに関して仁は何も感じていなかった。


 銀行業界は常に利害関係で動いている。

 他人が近づいてきたときには自分を利用しようとしている。そんなことは仁にとって日常茶飯事だったからだ。


 ふと、仁は思考する。

 果たして、聖城が仁に近づいてきたのは利益のためだったのか。


「それよりも、知られたくないことを勝手に調べてしまい、本当に申し訳なかった」


 仁は深々と頭を下げる。


「い、いや! 桐生くんは何も悪くないよ! 私が、悪いから」

「…………」


 瑠美菜は俯き、今にも泣きだしそうだ。


「悪いと思うなら、ひとつ教えてほしい。お前は、本当にアイドルになりたいのか? ただ、母の治療費が欲しいだけなのか?」

「……なりたい。私は……本当にアイドルになりたいよ!」


 瑠美菜が心から叫ぶ。他の客の目も憚らず仁に思いを伝える。


「そうか」


 仁はその心からの想いを冷静に受け止める。


「どうして、そこまでアイドルになりたいんだ?」


 瑠美菜は過去を思い出す。


「私、昔は病弱でいっつも家にいたんだ。それで、ずっとテレビを見てた。そこに映っていたアイドルの人が眩しかったんだ。同じ女の子でもこんなに違うんだって最初は妬みみたいな気持ちがあったかもしれない」

「……」


 仁は黙って聞く。


「でも、見ていくうちに羨ましくなっていったんだ。自分もテレビに映るアイドルみたいに輝きたいってそう思ったんだ。アイドルになって、いろんな人に希望を与えたい。私がそうだったように。私には無理だって、本当は心のどこかでそう思う自分がいる。でも、輝きたい! それで、私がそうだったように、色んな人に、お母さんに、希望を与えたい!」

「その気持ちに嘘はないんだな?」

「嘘じゃないよ」


 瑠美菜は真っ直ぐ仁を見据える。

 嘘じゃない。仁は直感した。

 バンカーとして、しっかりとした根拠がない状態で顧客を信じ切るのはナンセンスだ。


 それでも仁は、瑠美菜を信じようと思った。

 なによりもその強い意思にアイドルとしての素質を見出した。


「わかった。お前の意思は充分に伝わった」

「……」

「でも、お前をアイドルにすることはできない」

「……そう、だよね」


 瑠美は涙目のまま俯く。


「勘違いをするな」

「え?」


 瑠美菜は顔を上げる。


「アイドルになるのはお前だ。お前自身がお前をアイドルにするんだ。そして、母親に希望を与えるんだ。俺は、その手伝いをする」

「じゃあ」

「やるぞ」

「うん!」


 こうして瑠美菜は改めてアイドルになる決意をし、仁も瑠美菜に協力することを決めた。





 23時。瑠美菜とカフェに行った後、4時間ほど会社で仕事をし、自宅のマンションに帰宅する。


 スーツを黒い高級のソファに放り、ネクタイを緩める。

 冷蔵庫から炭酸水を取り出し、一気飲みをし、大きな息をつく。

 ソファに座り、黒く暗い天井を見上げる。

 冷えた手を額に当て、頭を冷やす。

 頭を使うと、すっきりとした感覚になる反面、落ち着いた後に一気に疲労感が襲ってくる。


 仁はその感覚が嫌いではなかった。自分が働いたと実感できるからだ。


 休憩もほどほどにコンビニで買ってきたパスタを電子レンジに入れる。

 電子レンジの電子音が部屋に鳴り響く。

 部屋だけでなく、そのマンションの階は仁しか住んでいない。


 はじめは慣れないひとり暮らしだったが、慣れてみると意外と心地がいい。

 電子レンジが止まる。


 仁はパスタを取り出し、食す。

 パスタを食した後は、風呂に入る。

 シャワーを浴び、湯船に浸かる。

 いつものルーティンだ。


 湯船に浸かっている間は、今日の反省点と明日の予定を考える。


 今日の反省点は――


『キミは、桐生くんだね?』


 今日のことを思い出すとまず最初に思い浮かんできたのは聖城のことだった。

 異様で、飄々とした態度は、霞の言う通り何を考えているかわからない。

 何を考えている。


 どうして自分に接触してきたのだろうか。


 聖城の真の目的は何なのか。

 たしかに、瑠美菜にはバイタリティーとしてはアイドルの素質がある。

 しかし、それだけで聖城が瑠美菜に近づいたとは考えづらい。

 まだ、自分では見えていない要素があるに違いない。

 見えていない要素は何か。


 霞に相談しないといけない。


 明日は幸い、学校は休みだ。

 仕事に行く前に霞の元に行く時間はあるだろう。

 何か情報を得ているかもしれない。

 

 仁はお湯を顔にかける。


 他に、今日の反省点としては――


『……なりたい。私は……本当にアイドルになりたいよ!』


 仁は瑠美菜の心からの叫びを思い出す。


 感情に動かされるなんて。


 だが、それも仕方ないのかもしれないと仁は憂う。


 助け合う家族に憧れを抱いているのだ。

 仁には親との確執がある。

 だからむしろ、瑠美菜とは正反対の気持ちを仁は家族に抱いている。

 対抗心という一言では表せない感情が渦巻いている。その渦巻は様々な色が混ざり、黒く、薄汚いほどだ。仁は親の鎖に縛られ、暗い渦巻の中でもがいている。いつか、日の目を見るためにひたすらにもがく。


 それが、今の仁にできる最大の対抗だった。


 俺は、負けない。

 俺は、勝つ。

 俺は――

 

 親父を越える頭取になる。


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